2010年12月23日木曜日

怠け者



音が悪いのをマイクのせいにしちゃったりして。ダイソーの315円イヤホンマイクにしては随分しっかり音を拾ってくれていると思うんだけどね。今回録音したピアノの音がreechoの声より小さいからと言って、ハンマーのフエルトを削るとピアノの音が声より抑えられるとは思わないで頂きたかったり。Webカメラはヤフオク1円落札品である。

reechoは結局小学1年生でバイエルも終了せずにピアノの練習を辞めてしまい、習っていない人の方が断然上手いほどの下手さ加減。誰でも間違えずに弾けそうな物でもreechoには無理で、母は「三本指で弾いている人だっているんだから(一本使えなくなったくらいでピアノを弾かないなんて情けない)」と言うが。reechoはおぞましくてピアノを触るのも嫌なのだ。
20年以上調律していないカビだらけのピアノを高く買い取ってもらえるとも思えず、まだ業者に正式に査定してもらったことは無いけれど、U3Hについては、業者によっては8万円以上で買い取り可能な種類であるらしく、reechoは売る気満々なのだ。しかし母には、それなりに思い入れのあるピアノだから売らずに取って置きたいと言う気持ちがあるらしい。ピアノが売れないならば、reechoもそれなりに自分のボケ防止の為にピアノでも弾いて反射神経を鍛えるとか出来て良いんじゃないかとは思う。しかし。いかんせんこのU3Hを弾くと、ストレスで寿命が縮みそうな気がする。要するにreechoは、このピアノが嫌いなのだ。

娘さんと見に来て下さいね~、なんて歓迎メールを北京の社長に出してみたけれど、年末年始を家族でのんびり過ごしたい人がわざわざ電車で2時間以上の我が家まで訪ねて来られるのかどうか。ピアノが売れなきゃ売れないで、reechoは右手小指を使わずに弾ける曲を探して上達を試みようかと思ったりして(ちょっと負け惜しみ)。上の動画で見える譜面は、右手小指を一切使わずに弾けそうなBach Invention No.5。何年か後にでも、弾けるようになったら上達を記念してアップロードしようかと思った。習い始めて1年程度でこれを弾けてしまう人も多いらしいのに、reechoは何年後になるかさっぱり分からないが。同じ爆音系として、ここの女の子くらいに勇ましく弾けるようになれればと思う。ヤマハのパワー炸裂系は、大人しくちょろちょろ弾いてはいけない物なのだ。初心者の練習用に良いと言われる所以かな。reechoの手元にある楽譜もこの女の子の弾いている物と同じタイプなので、彼女をお手本にして頑張ろうかと思った。でも爆音に耐えるのは辛いよ~。真ん中のペダルを下ろしても、爆音は爆音だからね。

爆音に興奮しない・感動すべき物事にも動揺しない・どんなに騒がしい場所でも熟睡するという性質は、reechoの場合、我が家のU3H無しには語れないと思う。大きな音を聞くとそれだけで興奮して眠れなくなると言う人がいるのを考えると、この爆音ビックリ系のピアノを弾き続ければ、感情制御機能が発達して、大きな音に興奮しなくなることは請け合いじゃないかと……。

2010年12月17日金曜日

YAMAHA U3H


最近、我が家のピアノを嫁に出そうかと思っている。reechoはもう1年以上1度も触れていないし、今後も弾く予定は皆無なので。我が家のピアノの存在は、私の意思とはそもそも無関係なのだ。ヤマハU3Hは、母の嫁入り道具として用意されたピアノで、reecoにとっては、物心付いた頃から強制的に行われた、超怖い叔母の虐待に近いピアノレッスン等を思い出させるだけの、不気味で不快な物でしか無く。ピアノは可愛い音色を出してくれればそれだけで価値があるってのに、このピアノは重くて暗く冷たい音色しか出さない。20数年前に母が調律師を呼んで、ハンマーのフエルトを全部半分に削らせたのも悪かったのだけれど……。元々はもっと明るくて元気な音では無かったか??

久しぶりに北京の社長に電話した。北京は氷点下10度だそうで、口が動き難そうな寒さらしかった。我が家のピアノお譲りしますよ、娘さんにどうですか?と言ったら、調律だけでも2万円は掛かるでしょ?と、いきなり具体的な返事が返って来て驚いた。電子ピアノなら送料込みで3万円で済みますよね、と言ったら、「電子ピアノはピアノじゃないから」とこれまたびっくりする返事が返って来た。この人ツウだわぁ~、と思わず恐れおののいてしまった。娘さんが北京でピアノを習っていたけれども日本では無しだそうだ。一体どういう場所に住んでいらっしゃるのやら興味が沸いた。日中間で何かあると心配じゃないですか?と聞いたら、何かって?と聞くから、「戦争とか」と言ったら、「絶対に起こらないから大丈夫」と太鼓判を押してくれる。日本製品をボイコットしても中国の為にならない、とか中国人の口から言ってもらえると頼もしいけどね。余所の権力者が勝手に仕掛けることもあるから気を付けないといけないと思う。そもそも9.11は可笑しいと気付ける人がどれだけいるか疑問だし。アメリカでは盛んらしいけど、日本ではまだこういう「やらせ事件」の知名度は低いかな。

Googleで「ヤマハU3H」で検索を掛けたら、村田ピアノ音楽院のU3Hを追えと言うページがヒットした。それで初めて知ったのだけれど、今では重量奏法と言う物が、日本でも普及しているらしい。reechoは指をハンマーの様に振り下ろし、鍵盤を叩く奏法が出来ずに落ち込んでばかりいたのに、今では猫がピアノの上を歩く様な奏法が推奨されているとは、まさかの一大事。reechoはこれを重量奏法と呼ばず、猫歩き奏法と呼ぶのだ。ははは。大学時代にバレーボールで右手小指第二間接を骨折し、ピアノが弾けなくなっているのだけれど、ピアノの嫁入りが決まったならば、記念に猫歩き奏法で「猫ふんじゃった」を弾くのである。

YUAについては「このピアノはね、ヤマハにしては結構穏やかな音、穏やかって言うか、普段激しいわけじゃないんですけれども、ヤマハにしては結構優しい音がするピアノですね。」と言われていて、確かにヤマハにしては、まろやかな音色である。ここでも「ヤマハにしては、やっぱ個体差はありますけども優しい感じの音のU3Hですね。」と言われていたりするけれど。ヤマハは普段は激しいですから(笑)。我が家のピアノも、犬にギャンギャン吠え立てられる喧しさと言うか、荒れ狂うヒステリー女の激しさと言うか、一歩間違えなくても「地震+雷+火事+親父」的な恐ろしい音を出すピアノであって。こんなにけたたましい音では無くて、もっとかわいく優しい音色を立ててくれたら、ピアノから出る音を純粋に楽しめただろうし。耳を澄まして聞きたくなる様なか弱い音色だったら更に、音を出すこと自体が嬉しかっただろうになぁ、と残念に思う。ギンギン鳴り響く騒音に、弾けば弾くほど震え上がってしまい。凄まじい音の攻撃を受けながら喜べ楽しめ、ってそれはちょっと無理。野外コンサートじゃあるまいし、ウサギ小屋にも例えられる小さな日本の住宅でどうして目玉が飛び出る程の爆音に耐えねばならないのか、そこまでパワフルな音がなぜ必要なのか不明である。下手なピアノの練習など近所迷惑で、日本の住宅事情を考えれば「大音量パワー炸裂ピアノ」なんて大量生産出来るわけが無いのだが。実際にヤマハは、聞くとビビる「パワー炸裂系」が多いのである。オートバイでぶっ飛ばすぜ!的なパワー全開、まるで伝統芸術であることを放棄している感じのピアノを、楽器ではなく機械として生産しているっぽいところが激しいと思う。

どうでも良いけれど、年末に食べすぎ&飲みすぎで苦しい思いをする人に、三保製薬のスイマグをご紹介。「立春」の主人公が黄土色のパックをしているのを見て思い出したんだけど(笑)。きな粉+牛乳+カゴメウスターソースの練り物で普段から便通が良いreechoはもうかれこれ10年以上関係無いんだけどね。便秘がちで胃酸過多の人には体に最も優しい便秘薬になるんじゃないかと思う。飲んでも良いのは勿論、肌に付けると肌が透き通った透明感を出し。特にニキビでお悩みの脂質な方にはお薦めで、風呂上りに原液をペタペタ付けて、乾いたらパラパラ落とし、そのまま放置して眠ること一週間、ニキビは綺麗に消えてしまいます。reechoはその昔、ニキビで悩んでいた同級生にプレゼントしてやたらに感激された経験があり。ニキビで悩む友達に勧めると感謝されまくって困ります本当に。舐めても飲んでも体に優しく、赤ちゃんにも安心。酸化マグネシウムと言うと、薬局で売っているのは大抵錠剤の便秘薬なんですが。液体でないと肌に塗れないので、肌で実体験したい方は、三保製薬のスイマグ360mlボトル(定価:1本735円)でどうぞ。飲用期限?は大抵購入から3年弱ですが、腐ったりしないので肌に付ける分には10年くらいは平気デス。ボトルの中で液体が固まれば肌に塗り易くなったりするので、肌に厚塗りしたい人は、何年も買い置きして損は無いと思います。日焼け後の素肌ケアにも効果的。是非お試しあれ。

2010年12月2日木曜日

商人の時代

そろそろ忘年会の予定が入って来る季節である。そもそも付き合いの無い人間には関係無いし、景気も悪いからわざわざ騒ぐお金が勿体無いと言う人が多いかも知れない。世の中、宴会を楽しめる人ばかりでは無いのである。

もう10年も前の書き込みで、本当かどうか確かめる方法も無く、ただここやここなどを眺めると、日本には、潔癖症の人にとっては耐え難い宴会が多いらしいと思わされる。reechoが潔癖症の韓国人をあまり知らないこともあるけれど、日本人を総じてチョン化する為の儀式じゃないのかと思ってしまったりする。「親しき仲にも礼儀あり」の余所余所しい日本人と違って、親しい仲なら何でも許し合うのが礼儀だと思っている韓国人にとっては、意外とすんなり受け入れられることかも知れないとも思う。他人との間に壁が無く、他人の物を遠慮無く自分の物の様に扱う韓国人が進んでやりそう、と言うのはreechoの偏見かも知れないけれど。一発芸にしても、簡単なことで盛り上がって態度を豹変させる朝鮮人が好んでやることじゃないの?と思ってしまう。一瞬で豹変することが商人にとってはそんなに重要なのだろうか。どんなに汚いことでも平気で出来ることが、会社を存続させる条件になっている様な企業で盛んに行われているのだろうし、金融とか商人系の業種で多いと言う噂もある。大手の銀行員は実際に「人を二人殺して一人前」と言われるそうで、人を殺すことを嫌がったら即刻クビになるのがオチではないかと思う。金の為に自分を殺し、他人も平気で殺せる人間にならなければ、その手の業界では生き残れないのではないか。人を殺す汚い仕事が出来なければ即刻クビになる会社に入りたいなんて、一体どこの独逸かと思っちゃうんだけれども。これが名立たる日本の一流企業なのだからびっくりしてしまう。日本では、社会に有用な人物と言うのは即ち会社にとって有用な人物とも言い換えられてしまい、会社の利益の為に平気で人を殺せる人間が高く評価されているのも事実である。

ぐっちーさんによれば、アメリカでも金融系の仕事場では、破廉恥なおねえちゃんがこれでもかとばかりに破廉恥なサービスを提供しているらしいし、別に助平なのが日本独自と言う訳では無さそうだけれども。全ての女子は男子に奉仕する為に存在する、と思っていそうな男子のパーセンテージは、圧倒的に日本が世界最上位ではないかと思う。あ、儒教と男女差別の激しい韓国も高いかな。

人の為にカネがあるのでは無く、カネの為に人が存在すると看做しがちな商人が、日本ではずっと階級差別で卑しまれて来た歴史がある。道徳意識の低い人間が地位を得られなかったのはある意味、社会の規範とか治安を保つには重要なことだったのではないかと思う。「カネの為に人殺し」が企業内では公然とまかり通る今の日本と比べればの話だけれども。考えて見れば、日本の階級差別は、生命の維持に必要な職業順だった様にも見える。つまり、敵から生命を守る武士→命の維持に必要な食物を生産する農民→衣類や住居・生活用品を生産する職人の順である。日本で商人は、何も生産せず流通に関わるのみと言う理由で最も軽視さていて、人を騙して金儲けに走り易いと言う道徳上の戒めもあったと思われる。「カネは汚い物で、卑しい身分の人間が欲しがる物である」と言う戒めが、我が家にはまだ多少なりとも残っている気がする。例え、実質的には何の用も無く落ちぶれ果てた江戸末期の武士の負け惜しみだったとしても、「武士は食わねど高楊枝」と言って貧困に耐えるプライドが、カネやモノへ走らない道徳規範を守って来たのだと思う。

士農工商の階級差別が無くなった途端に全ての日本人が商人と化してしまったとまでは言わないけれども、金持ちが偉くなる世の中で一体どの様に道徳規範を保ち続けられるのかが分からない。無論、武士が権力誇示の為に非人道的な搾取を続けて来たのも事実だけれど。商人が世の中で最も偉い社会では、人はカネの為に存在するのでは無くカネが人の為に存在すると言って見たところで、世間知らずな子供でもその信憑性を疑うんじゃないかと思う。実質的に「人の命に必要な職業順」に地位が高ければ、カネより人の命を尊重することが尊いことだと思えるだろうけれども、カネの為に生きる人間が偉い以上、偉くなる為には、カネより人を軽視する方が得だと思われてしまう。「カネの為に必要な職業順」に人が偉くなっている日本で、人命はカネより大切です、なんて誰が納得するのか、かなり疑わしくなっているのが実情だと思う。昔は米がカネの代わりで、土地を奪い合うのも、カネと同義の米(≒土地+農民)を獲得する為だったとすれば、結局昔から何も変わって無いのかも知れないけれど。

ここの話によれば、レアメタル騒動にもユダヤ人の金儲けが関与しているとかで、地球環境保全の為に地球環境汚染と言う話も初耳だし、どうも人間が無茶苦茶なことをやっているらしいことが垣間見られる。ユダヤ人が金儲けの為に戦争を嗾けているのも許し難く、人の命よりカネが大事と言うユダヤ人こそ死ねば?と言うのがreechoの見解だったりして。別にヒトラーのホロコーストを賛美している訳じゃないけれども。狡賢い商人になりたい又は商人に殺されても構わないなら別だけれども、殺されてから後悔しても遅いので、殺人行為を強要するユダヤ人には充分に注意するべきだと思う。
人殺しを純粋に楽しんでいる人たちが実際に世の中には一杯いて、余計なお世話だと思うけれども、性交渉を気軽に楽しみ過ぎる、エイズを移したがっているんじゃないかと思われる男性には、命を懸けてでも関わるべきでは無いと思う。そんな男性が超一流と看做されているのも問題なのだけれど、女性を性的奴隷としか思えない人との結婚なんて言語道断だし。もし拒絶したことで路頭に迷うとか飢え死にすることがあったとしても、遊ばせて当たり前・非人道的強制も当たり前、と思っている人間に媚び諂い続ける人生よりはマシだと思う。そんなことを言うのは潔癖症の武士の末裔だからなのかも知れないけれど。血筋は3/4以上旧小笠郡下の農民なのだが。血は争えないよなぁ……、と思う。

2010年10月31日日曜日

国際紛争

reechoは抽象的表現が好きである。記憶力も語彙力も無くて細かい事柄を示す単語を知らないので、出来る限り物事を大ざっぱにまとめた単語で説明してもらわないと話が分からない。知らない専門用語が多い書物を読めば、こんなに細かく物事をカテゴライズする必要があるのかとうんざりすることも多い。
大学で国際関係論の指定テキストだったジョセフ・S・ナイ著「国際紛争」を、久しぶりにちょっと読んで見た。

著者は、カーター政権とクリントン政権において日米安全保障関連事項に深く関わった人物だそうで、ハーバード大学で教える際に書き下ろした教科書らしい。「懐疑主義者にとっては道義的判断には意味がない。」(p.187)とか、分かりそうで分からない言葉が結構含まれる。他の専門書と同様に、区分がこんなに沢山あっても困るなぁ、と思う程に、国際政治を学ぶ上での区分方法が紹介されている。
区別する方法を知らない人が見れば、中国人も日本人も同じ「人」と思うだろうし、細かく分類すればするほど何だか物知りで賢くなった気になるのも可笑しな話ではある。人は区分と差別が好きである。ついでに言えば自分と似たものを好み易い。日本人は特に、自分と全く同じでなければ許せない人が多い。一生懸命に差別し、偉くなった気分を味わいたがる人も多いと思う。この本を読んでも、世の中には本当に沢山の区分があると思わされるけれど、p.36に少し例がある様に、徹底的に区別したがる人程、トレード・オフの関係〔両者を同時に完全に満たすことが困難である一方、完全な二者択一でもない関係〕を無視する傾向があるらしい。余程視野の広い人でもない限り、自分の主張を正当化する為に、自分にとって都合の悪い情報は消去して考える傾向がある様に思う。以下「国際紛争」からの引用が多くなってしまうが。

共通の主権が存在しない無政府状態の国際政治において、何を頼りに生きるのかと言う問いに、リアリスト(現実主義)のホッブズは、生存の為には武力に頼るしか無いと答え、リベラル派(国際協調主義)のジョン・ロックは、契約による共存が可能であると説く(p.5)。
リアリストは懐疑主義的で協力を避ける傾向があり、リベラルは信頼関係と相互依存の増大を目指す傾向があるそうだ。懐疑主義者が不信感によって「周りの主体」を敵視し、自分の身を守る為に攻撃することばかり考えるせいで、明らかにリベラルよりもリアリストの方が強くなりたがり、実際に自分が生きる手段は暴力に限ると言う点で、関わると恐いのはリアリストである。
騙し合いの文化が醸成され過ぎている中国では、人を信じないリアリストが多いと思う。彼らは契約しても契約を無視するのが普通である。誰が人を信頼し、契約の下に平和を築くリベラルに傾き得るのか知りたいと思う。それに比べて嘘をつかない誠実さで裏切り行為が少ない日本人は、思想的にリベラルに傾き易い人が多いかも知れない。しかし人を疑わない日本人が、国際社会で無防備であることを考える必要はある様に思う。この本の著者も立場的にリベラルらしいけれども、国際社会の厳しい実情を知り尽くしているからこそ当たり前の様に辛らつで、リアリストが国際政治の基本的立場といった書きっぷりをしている。国際政治の歴史を振り返れば、国家の存続及び安全保障の枢軸を担って来たのはリアリストだったのだからしょうがない。

「システム」とは相互に関連したユニットの総体のことで、国際政治システムとは国家間の「関係のパターン」のこと、そしてどのシステムについても言えることは、全体のパターンが部分の集積より重大であること(p.41)らしい。ここで言うパターンとは、「主体」が「目標」に向かって「手段」を用いる過程と結果の総体を指す様だ。

国際政治システムの「主体」は、古来は少数の国家だったが、最近は多国籍企業も主体になり得る程に経済的影響力を持ち、国家の数も20世紀後半だけで3倍に増え、主体が増加・多様化し続けている。(p.10) 
国家にとって最も重要な「目標」は、伝統的には軍事的安全保障であったが、今日では経済的目標が増大し、さすがに軍事的安全保障の目標を駆逐してしまったとまでは言えないが、軍事的安全保障が唯一の目標ではなくなったと言えるまでになっている。(p.12) 
伝統的な見方に従えば、真に意味ある「手段」は軍事力だけであったが、現在では他の手段によって目標を達成する事例が増えている。核兵器が世界に5万発以上あるのに1945年以降一度も使われていないのは、核兵器の破壊力がどんな政治目標にも釣り合わない程に強大であることが挙げられる。経済的負担や民主化による国民の反対も、軍事力を行使しない理由になっている。民主化によって全ての武力行使が防止されるとは言えないが、戦いの正当性について幅広い議論がある限り、戦争に関する憲法上の抑制と均衡が、よりよく機能すると考えられる。世界中で民主主義国の数が増えれば、少なくとも民主主義国の間では、戦争が起こる可能性は小さくなるかもしれない。ただし、新興民主主義国には、言論の自由や行政府への抑制、定期的な選挙といった自由民主主義的なプロセスを欠く大衆民主主義の場合もあり、理論化に耐えるのは自由民主主義国間の関係であって、民主主義国家全般ではない。(p.61)

らしい。言論統制があったら政府の独裁がまかり通り、情報操作でいくらでも国民を戦争に駆り立てられる様で。中国が民主化したら、軍事大国化が食い止められ、現在の軍備が形骸化することもあり得る為に、中国政府は民主化を進めさせない方針であるかも知れない。「軍事費が多すぎて貧困が止まらない」なんてことを、民主化した人民が許すとは考え難く、このままの体制を維持することが中国の最終目標であり、最大の課題であるとも考えられる。民主化したら中国は崩壊するのである。国家の存続の為にはとても民主化なんて出来ないと言うのが中国の現状だとすれば、日本もまた負けず劣らず、国家の存続の為には民主化なんて有り得ないと考えている可能性がある。情報統制にしろ一党独裁にしろ、相変わらず市民を犠牲にして続いて行くんじゃないかと思う。

システムは、その中の主体の誰もが意図しない結果をもたらしうる。(p.42)そうだ。
国家と言う枠組みの中で、その構成員である以上、その構造と運命を共にしなければならないのは実に残念なことではある。社会の構造を知り、自分の立場を明確にわきまえ、他と区別し役割を自覚することが、自分の属する社会の中で自己の役割をより適切に全うする方法でもある。やはり自分の所属する社会の中で自分の役割を適切に全うするという目標において、人間が生み出す最も大きなシステムとしての国際政治について、大学で学んだのは良い経験だったと思う。現在は、各国間の関わりの乏しかった時代における「武力による解決」が別の形態に移行しつつあるにせよ、リアリズムの思想がまだ重要な地位を占めている限りは、自分の目的達成の為に、契約の成り立たない相手に対する攻撃が選択肢として常に存在することを忘れてはならないと思う。そして攻撃が出来なければ、その主体としての存続を諦めなければならない可能性もあり、攻撃の方法についても詳しく知る必要があると思う。文明の対話とは良く言ったものだけれど、平和主義者の期待以上に国際社会は不信感と絶望に満ちている。情報統制によって不信感と絶望感を増幅させられている場合もあり、情報統制及び教育には充分に留意する必要があると思う。また対話も無ければ信頼も無く、突然自分の目的達成の為に攻撃を仕掛けるリアリストに対して、どの様にアプローチし得るのか、リアリストと平和的に接触し契約する方法はあり得るのか等、リベラルと自認するならば、積極的に考えなければならないとも思う。

話し合い及び討論が苦手な日本人は、日常的にリアリストが多いかも知れない。話し合い或いは説得による解決を抜いていきなり攻撃し、服従を強要する例が多く見られる。自分の地位が上なら絶対服従を強要出来ると信じて疑わず、相手と改めて話し合って契約する理由など皆無だと思っていることが多い。情報は常に上から押し付けるもので対等に話し合う関係が無いのも問題である。知り得る情報に差が生まれ難く、上からの情報は全て鵜呑みにするのが常識と言う日本では、わざわざそれぞれの認識を再定義することにも無頓着な人が多いと思う。意見の衝突を嫌う日本人は、意見が衝突しそうなら予め衝突し得る意見を握り潰しておけば良いと思っている節もある。明言化し得ない契約を尊重し、暗黙の了解を明言化することによる損失を避けたがる人も多い。裏での合意・談合による解決を図る秘密主義の人々がどのように秘密裏に契約し、主体も手段も目的も隠し続けるか観察するのも、同じ国家システムに属する同じ日本人としては、極めて意義のあることだと思う。秘密を共有し、秘密裏に契約を行う主体に成り得て初めて、他に漏れない利益を享受出来るならば、秘密を共有し得る主体として認識される方法を知ることも大切だと思う。組織の中でより効率的に機能するには、その組織の目標及び手段から外れるのは得策では無く。たとえ所属する組織の動きが自分の主義主張に恐ろしく反するとしても、より安全に生存する為には「組織に巻かれる」ことも重要だと思う。

厳しい社会を知り尽くしている人の文を読むと、どうしてもリアリストに成るべきと思わされたりする。ただホッブズにとっては自然環境も人間が従わせるべき脅威でしか無く、全てを人間の支配下に置くことしか目標にしていなかった様である。支配し続けたらどうなるかなんてことは視野に無く、倒し続け、征服し続けた結果、人間が生きられなくなるとは考えていなかったらしい。現在は、人類が支配し続けた自然環境が、もはや人類を支えきれなくなっている。一方的な破壊活動を続け、自然界の均衡を崩し、人間自らが生きられない状況を生じさせつつあることは、周囲を無条件に従わせたことで自分の首を絞めることになった好例でもある。地球上で人類が生息し続けられない状況を、より多くの人が把握して対策を講じなければ、地球環境システムの中での人類の生存期間は更に短くなる筈である。例え相互依存が相互の脅威を意味するとしても、人類は自然環境に依存し続け、自然環境を恐れ敬いながら、自然環境に従い続ける以外に生存の道は無い筈で。人類は、地球環境システムにおける人間の立場と限界を知り、その中での「存続」という目標を早くから設定して来なければならなかったのである。形振り構わず目先の目標達成だけを考え、地球環境を破壊し続けて来た人間が、もはや地球上で生存し続けられない等、今更言われても困ると言うか、既に改善が不可能な状態で。システムは、その中の主体の誰もが意図しない結果をもたらしうる。全く意図しなかったのは単に無関心だったから、と思われない様、自分の属し得るシステムの全貌を知り尽くし、そのシステムの中での自分の立場と限界をきちんとわきまえ、自己の生存可能性を高める努力をし続けなければならないと思う。

生存が難しいからって、各国が意地になって核爆弾を5万個も作って一体どうするつもりなのか分からず。それで、地球環境から抜け出す方法があったとしても、地球環境システムを無視した議論を続けることには、かなり無理があると思う。

2010年10月24日日曜日

他人の不幸

厳密に言えば触法行為なんだけれども、土豆で「花样十年」を見た。
中国へ行きがけの飛行機の中で、北京の社長に「花儿乐队ってご存知ですか?」と聞いたら、「え?何?聞こえない!」と何度も何度も聞き返された挙句、結局「知らない」と言われ。周りにも丸聞こえの大声で何度も「花儿乐队!」と言わされて、わざと恥を掻かされ結構不愉快な思いをした。reechoにとって痛くて恥ずかしい思い出になった花儿乐队演唱会、改めて見るのも恥ずかしくて自分が映ってたら困ったと思ったところ、顔が分からない程度の小ささで、個人が識別出来ない様でほっとした。コンサートは正直勿体無かったけれども、798芸術区を回ったり、北京旅行は純粋に楽しめた様に思う。

reechoが気づいただけでも、「花样十年」の映像ではカットされたり新たに付け加えられたりした映像がいくつもあり。特に王文博がトイレでリズムを取るあたりの「痛い映像」がばっさり無くなったことで、随分穏やかで優しい雰囲気に仕上がったな~と思う。王文博のトイレの映像も無意味に長くてメロディーが感じられない単調さだったけど。アニメーションも可愛くなっていて、改めて付け加えた部分のおかげで随分綺麗に仕上がったと思う。


Gymnastics Bloopers!@YouTube

痛い映像って、こんな感じと言えば良いか、板飛び込みで板にぶつかって痛い目とか。床運動で思いっきりビターンと全身打ちとか。フラワーズの歴史を振り返るとか言う映像だったと思うけれど「中国の痛みを知れ」と言われている様でもあり、我々は格好の付かないfailureで満ち満ちていると言われている様でもあって、正直居心地が悪かった。

笑って良いのか分からない不道徳な映像ばかり見せられた記憶があって、他人の不幸を見て慰められる人がいるかも知れないけれど、人が痛い目に遭っているのを見て喜ぶのを、逞しいとか強いとか言って良いのかどうか。一歩間違えば犯罪行為だと思うんだけれど、実際に人の不幸を喜び過ぎる人に囲まれていると、自分が不幸に見えて来てしょうがなく。TheFlowersが台湾の会社所属でなければ、こんなに破廉恥にもえげつなくもならなかったかも、とか台湾人とメールするうちに思えて来てしまい。いや、それ以前に台湾が日本の植民地にならなければ、こんなに人の不幸を喜ぶ文化が醸成されたかどうか。あえて言えば、破廉恥好きな台湾人には人気の筈で、コンサートも台湾でならいくらでも開催可能だったと思うけれど、どうしてこれが最初で最後のコンサートなのか、やっぱり疑問……。

見れば、「花児(日本)」のプラカードを持った日本女子の右前に、大張偉にキスしちゃった女の子がいた様で(上の土豆では56分頃)。「鹊桥汇」の後では「ありがとう」と日本語で言っている様にも聞こえ(中国語てんで分からず)日本人向けに準備していたのかとすら思ってしまった。後ろの席では、みんなが嫉妬で溜息付いていて。微妙に人の不幸を喜ばなければならない様な印象を受けてしまう、ちょっと恥ずかしいコンサートだったと思う。

2010年10月17日日曜日

日本の我慢

国旗振り「日本を滅ぼせ」中国反日デモ
2010.10.17 01:20

 「日本を滅ぼせ」「日本は釣魚島(日本名・尖閣諸島)から出て行け」。中国四川省成都や陝西省西安などで16日、起きた大規模な反日デモ。成都では、普段着姿の若者が横断幕を持ちながら行進し、「小日本(日本人の蔑称)は出て行け」「日本製品をボイコットせよ」と相次いで叫ぶ。

 市中心部にあるイトーヨーカ堂の春煕店は、数千人の群衆に包囲された。周囲では、破壊行為を阻止しようとする制服の警官隊とも押し合いに。ヨーカ堂が面した通りは群衆で交通がまひ。店舗の入り口には16日夜、臨時休業の看板が設置された。付近には細かいガラスの破片が散乱、襲撃の衝撃を物語っていた。

 中国のウェブサイトに掲載された写真によると、西安では「中国にとって最も大事なことは日本を滅ぼすこと」と書いたプラカードを掲げた若者らがトラックに乗って中国旗を振り回し、別のトラックには「中日断交を強烈に要求する」との張り紙が掛けられていた。(共同)



中国は厳しいっす。
こんな一連の動きを見て感じたのが、中国を騒がせて一番喜んでいるのは戦争屋のユダヤ人辺りかな、と言うこと。これを機に日本人にも危機意識を持たせて武装させようとアメリカが企んでいる可能性も大きいと思った。日本国憲法の改正手続に関する法律も施行されちゃったし、あとは国民意識を操作して、憲法九条を改正するまでですね、はっきり言っちゃって申し訳ないんだけど。

中央大学の研究会で、アメリカ政府と防衛上の共同開発で提携している三菱重工の研究者とか、自衛隊関係者も、アメリカの日本に対する期待の大きさを語っていたけれど、中国人も台湾人も喜ぶ「日本は厳密な意味で独立国家では無い」の見解に賛同するならば、アメリカの指示に従って日本も「強調的軍事力」を保持させられる羽目になるのかなぁ、と思う。

人間は変わり易い。どんなに優しい人でも、過酷なイジメに遭えば仕返しをしたいと思えて来るだろうし、果たして日本が「殴られても蹴られても、例え殺されてでも殴り返さないのが真の強さであり正義である」と言い続けられるのかどうか。台湾人が熱心に日本の弱さをreechoに教えてくれるのだけれど、「過去の残虐行為を反省し、日本が二度と武装することが無いように」と台湾人から注意されれば注意されるほど、ひねくれ者のreechoはこれに逆らいたくなって、困っちゃうんだよね本当に。果たしてどんな悪人に攻撃されても殺されても平然と「非暴力」を貫けるのかどうか。弱い自分を守る為には、武力を保持して脅す方が楽だから、と、自ら自分の利益を守る道を選ぶのではあるまいか。果たして親分の、と言うか、実質的には日本の実権を握っているっぽいアメリカから協力を求められても知らん顔を貫けるのかどうか。「過去の残虐行為を反省し、二度と他国を攻撃したり従えたりするべきでは無い」と言い続け、死ぬまで軍事力の保持に反対出来る主権(市民)が、日本にどれだけいるのか疑問である。

台湾では、国民党の反日教育と言論統制のお陰で、南京大虐殺・三光作戦・731部隊等の非人道的な中国人虐殺と植民地支配ばかりが知られていて、未だに大陸よりも日本の方がずっと危険で残虐だと思っている人が多い。確かに、帝国主義支配拡大の為に日本は無茶なことをやり過ぎて来たし、戦後の補償がゼロだった台湾人の被害は、心理的にも計り知れないものだった筈である。他国民を殺しただけでなく、第二次世界大戦ではおびただしい数の自国民を玉砕させたりしていて、無駄に人を殺し過ぎる日本政府が再び戻って来るのではないか、と台湾人も日本を非常に危険視しているらしい。あなたもまた暴力を振るって威張りたいんですか?残虐行為によって他国を服従させたいんですか?そんなこと絶対に許せませんね!と台湾人からしつこく言われると、はいそうですね、日本は二度と軍事力を保持せず、ヘタレ続けなければなりませんね、と返事をしておかなければ話が収まらないのである。

腰抜けヘタレおとなしく中国に滅ぼされるべしと言われても逆上せず、本当に日本が滅ぼされるまで冷静に大人しく中国に従い続ける我慢強さが、今の日本人に求められているのかな、とreechoは思う。日本には絶対に威張らせたく無い、強くなって欲しく無い、と切望する台湾人に叩かれ続けていると、余計に日本が強くなることを希望してしまうのだけれど。日本を刺激して怒らせないことが、日本を無意識にヘタレ続けさせる最も良い方法だと言うのに、どうして中国も台湾も日本を馬鹿にして怒らせて、軍事力の保持に賛同させようとするのか分かりませんね。日本がわざと中国を怒らせているとしても、裏で戦争屋さんがせっせとシナリオを書いていないことを祈るばかりです。

どうせ軍事力を保持したって中国には適わないんだから、諦めは早い方が税金の無駄遣いも少なく済むし、軍事費はどんどん削減するべきとも思われ。国民が危険にさらされても潔く腹を括って防衛を諦め、アメリカの誘いもきっぱり断り、平和維持活動にも参加せず、主権国家として憲法九条改正には全国民で反対し、ヘタレな日本をヘタレのまま愛し、ヘタレたまま死んで行くのが日本人として最も賢明かとも思う。平和憲法の維持が、日本にイジメられ続けて来た台湾人が将来中国人になった後に、最も安心出来るプレゼントになるのかな、と思いつつ……。

2010年10月13日水曜日

中国の恫喝と台湾人の高笑い


機械ダンス@YouTube

台湾人、何だかいやらしくて下賎な物が好きな人が多い。取締りが厳しい大陸と比べたら終わりなのだが。八田與一記念館の横にある噴水を見た際に、不謹慎にも男根をイメージして創ってないか?と思ってしまい。日本人があれを見せられると「思い起こせば、日本人って見境無くジャージャー出してたわよねぇ」みたいな、台湾人のあらぬ回想を連想してしまうのである。実際に見境無くあちこちでジャージャー噴射しまくっている男性を知らないと連想不可能だと思うのだけれど、残念ながら日本には見境無くやりたがる男性が多過ぎる。で、ひょっとすると、そんなことを露骨に連想させる台湾人も、申し訳無いけれどもやりたがって迷惑な感じがある。

八田與一の銅像はreechoの曽祖父が提案して作ったと聞いたことがあったけれども、台湾人とメールをやりとりする間に、歴史的事実がどうであれ、どうしてもそれだけは撤回して欲しいと思う様になった。何故なら、地べたにべったり座り込んで悩む棟梁の銅像を、まだ本人が生きている間に創るのはちょっと失礼じゃないかと思う様になり。上司を座り込ませて悩ませたいと言う欲望が無ければ、あんな姿で上司を放置させて置く訳が無いと思うのだ。今はちょっと高めの台に乗っているけれども、昔は本当に地べたに直接置かれていたのである。ずっと悩んでいれば?と言うからかいの意味を含まなかったら創れないと思うのだ。要するに、reechoは八田與一の悩む姿に喜んで、もっと悩ませたかった人間があの銅像を発案したと思うのだ。それは、日本人をからかいたがっている台湾人でなければ今のreechoは困るのである。

台湾人、日本人に親切だから親日的だと思っていると、なかなかそうとも言えず、いかんとも言いがたいわだかまりがあって困る。日本人から侮辱されて来たという悔しさから、日本人を凹ませようと頑張ることも多々見受けられ、仕事が無いとか短足だとか、直しようの無い相手の欠点をつついて優越感を得たがり、わざと失礼なことをして相手に屈辱を味わわせようとするのである。
上の軟体ダンスの映像は、烏山頭ダムの墓前祭で知り合った50代直前のおじさんが「見るに値する」と言って送り付けて来た物で。大学時代の親友と2人連れで墓前祭に来ていて、話しかけたら随分親切にしてくれたのだけれど、教科書に載っているから来たと言う親友は小学校の教員、本人は台湾政府の立法院で働いていて、@ly.gov.twのドメインでもって、仕事場の立法院から頻繁にreecho宛にメールを送って来る。上の機械ダンスの映像もそうなのだけれど、仕事の前後にそんなものを送信していて良いのか?と思ってしまう内容が多い。そこそこの有名私立大学を卒業しているのに知的センスを全く感じさせないメールばかりで、台湾でそこそこでも人口の少なさを考えるとそんなものなのかと思わされたり。

それで、最も困るのが自己愛の強さである。中国と一緒に日本を攻撃して大満足しているのを見るのも日本人としては不愉快で。尖閣諸島問題について質問したら、中国が戦争で用いる打不打日本就看三句話を紹介してくれる。
1.人不犯我、我不犯人。人若犯我、我必犯人。2.勿謂言之不預也 3.是可忍孰不可忍
この三つ目が出たら必ず戦争勃発という話で、今回は二番目の最後通牒まで正式に発表されたそうだ。ここの変な日本語の説明を見ても中国語圏の人でないと読めないんじゃないかと思わされる内容で。日本人は言葉の意味も歴史的背景も分からないけれど、中国人はこれを聞くと反射的に戦争の準備をするらしい。


「日本製品に支払った金は、中国を攻撃する為の兵器に変わる」と警戒して、日頃から日本製品の不買活動を行っている中国人だけでは無く、尖閣諸島付近での衝突事故は、一般の中国人も戦争の発令を警戒する事態に発展していたらしい。中国人がこの様に戦争を意識しているところを見れば、日本人はなおさら「中国に流れたお金は日本を攻撃する兵器に変わる」と覚悟するべきだけれども。日本人は疑い方が足らず、日本は安全だと思い込んでいる節もある。

立法院のおじさん、「三句話」☆と同時に、"以下是日本《21戰略週刊》近日刊發的日本著名評論家小野洋雄關於東海問題的一篇關於東海問題的分析文章,"で始まる「日本で著名な評論家、小野洋雄の文章」を紹介してくれる。作り話だなんて思っていなかったらしいけれど、調べて見るとそんな評論家は日本に存在しないし、《21戰略週刊》なんて言う書物も見当たらない。
繁体字と簡体字を使う人の数も違い過ぎるけれど、とりあえず繁体字版・簡体字版共に配布数が多い。reechoの憶測では、日本を妬む台湾人が、日本をさげすんで満足する為に日本人になりすまして書いた可能性もあるんじゃないかと思う。2010年9月14日から連日複数の配布が始まっていて、わずか1日とは言え簡体字が先でも、繁体字では2009年5月には既に存在したことが確認出来る。
小野洋雄さん、中国語圏内では物凄い人気で☆、台湾では教養のある台湾人も「自分の意見を表現している」と言って満足し、わざわざ日本人のreechoに紹介して寄こすし。中国人及び台湾人は「日本は厳密な意味では独立国家では無い」と日本人に言わせて流布し、皆にそれが真実だと思わせたいらしい。自分に都合が良い情報ならば、皆が皆闇雲に信じたがるのも性質が悪い。自尊心を満たす為に、日本人に対しても、日本人が自虐的に自国を蔑んでいる物を見せて「これが真っ当だからお前も従え」と言うのである。

ちょっと行き過ぎた考えだと思うけれども、嘘をついてでも無理やり相手をこき下ろして謙遜させるのが台湾人のやり方と見え。台湾人以上に下賎に考えを進めているreechoは、自虐的に悩み込む八田與一像を創ったのはやっぱり台湾人だと思うし、八田與一を地面に座らせて見下し、どうしても困らせて喜びたがっていたのも台湾人であったに違いないと思いたいのである。