2011年11月18日金曜日

赤堀信一

明後日の11月20日はreechoの曽祖父の誕生日である。日本のサイトで「赤堀信一」の検索を掛けると、reechoのブログが何番目かにヒットする。当たり前のことながら、八田與一に比べて赤堀信一(あかほり のぶいち)の資料は極端に少ない。reechoの曽祖父は明治21年11月20日に現在の静岡県菊川市に山下友平(代々農家)の三男として生まれ、養子入りした赤堀家(徳川慶喜公の家臣の弟子)のコネで日高壮之丞に丁稚奉公しながら芝浦工業大学の前身を卒業(小学校しか出ていなくて大学へは行けなかった模様)、台湾へ渡った日本人技師の中では、恐らく最も沢山歩き回って測量した男である。測量の鬼と言って良いか。ジャングルの中で測量出来る日本人技師がおらず、台中から呼ばれたらしい。アシスタントは大抵台湾人だったとか。ダム完成前は乞食技師と呼ばれる程にボロボロの服を着て歩き回り、ダム完成後は百姓技師と呼ばれる程にひたすら木を植え続け、70歳過ぎても微分積分をスラスラと解いていたそうだ。ああも解けるこうも解ける、と色々な解法を高校生の母に教えていたらしい。昔は計算機が無いから全部人が計算していたんだね。日高壮之丞と言う人物がまたかなり体制に対して反抗的だったらしく、八田與一ファンに人間不信な人は比較的少ないんじゃないかと思うけれども、権力者に対する不信感しか表現されていないreechoのブログを見て、気分を害する人も多いと思う。弁解がましいけれども、人は環境や生い立ちによって物の見方や考え方が変わるので、先ずreechoの生い立ちと環境を考慮して見て欲しい。そういう物の見方しか出来ない環境に生きて来たのだな、と哀れんで貰えたら、闇雲にreechoの見解を非難する気持ちが和らぐかも知れず。反抗する人間が悪いだけだと思い込んでいる人にそんなことを要求するのは間違いかも知れないけれど。

幼少期から「権力者イコール自分の生存を脅かすもの」の概念を刷り込まれて来た人は、「権力者イコール自分の擁護者」の観念がある人たちとは、明らかに権力者に対する不信感が違う。権力者が何も悪いことをしていなくても、reechoの様に権力者には不信感しか持てない人間は、権力者から見れば煩わしい存在になり易い。誰だって睨まれたり叩かれたりしたくは無いからね。

ちなみに、自宅には日高大将の直筆掛軸があったりします。曽祖父が日高大将のお墓の設計を家族に頼まれて造っていたり。八田與一の銅像も趣味で造っていたんじゃないかな。

2011年10月31日月曜日

森のくまさん

母から「小学生の工作みたいね~」と言われながら竹琴(chickin)を作っていたのだが、大量の竹にカビが生えてもう家の中に置いて置くのが困難な状態。焼くなり天日干しするして水気を飛ばさなければならないのだが、徹底的に干乾びなければカビるらしく、まだまだ全然乾燥が足らない。ってか、もうお手上げ。

それで、いっそ笛にしてしまえ、と秋祭りの笛の音が聞こえていた頃に横笛を作り始めたところ。作っている段階で音が合わせられないのは竹琴と同じながら、一音一音の為の労力(竹切り)が少なくて楽ちん。穴を大きくし過ぎたらセロハンテープを貼り付けて小さく出来るので誤って高くしちゃってもOK、枝を削り取るのも面倒なのでそのまんま。焼いて乾燥させるより青い方がみずみずしい音が出るので炙っていない。直ぐにカビるだろうけど。


後ろは土壁

試しにちょっと吹いてみた。竹をばっさり切った長さでそのまま「1(ド)」にしてしまうので、他の楽器とは合わせられない。3(ミ)がちょっと低いかな。ある程度穴の押さえ加減で高さの調節は出来るのだが、2と4を半音上げるのかどうか分からなくなっているところ、reechoは口のどもりと同様に「指のどもり」もあって、反射神経がプッツンするのでピアノも弾けないのである。「森のくまさん」は、非常に人懐こくて親切な朝鮮人が熊を慕って作っていると思われ、人懐こくてお節介で親切な熊ってば日本人はちょっと想像出来ません~。特に韓国人には人懐こい人が好かれる様な気がするが。reechoはどうも冷たく見える様で、人懐こいと思われたことは殆ど無いな……。

2011年10月29日土曜日

目くそ鼻くそ

唐人新闻の18人が無視中国人の良心はどこにを見た。メディアによって扱い方が違うのだが、猫や狸が轢かれていたって普通はもっとビビるだろうよ、と思った。reechoは(珍しく)幼い頃に読んだ「生きるんだポンちゃん」を思い出し、日本人ならタヌキでも助けると信じたかったが。中国では医療費が掛かり過ぎる為に放置され、中国へ行けば貴方もこうなりますよ、と言われている気がして、要するに中国へ行かせない様に脅したいのかと思ってしまった。

考えて見れば日本も似たり寄ったりで、reechoの祖父も財政的な理由で殺されたんじゃないかと思ったし。年寄りを生かして置くと財政を圧迫するから、はっきり言って(言わなくても)日本も薄情だからねぇ。金の為に人殺しってば、過去の日本が現在のアメリカ以上にエネルギー欲しさに大量に人を殺したことが知られているし、現在も、金に成るから原発に賛成し続けているのだし。エネルギーが欲しけりゃ自分が死んでくれれば?とか思われないのですかねぇ……。世界で最も地球資源を乱開発しているのも日本だし(注:人口1人当たりだよ)。日本人が全員死ねば30億人の飢えが救えるかもだから、少し日本が自粛したら?とか。

ウソも有りそうな「中国大崩壊」を最近読んだところ、日本政府が偽札づくりなんて書いてあるから驚いた。かつて日本政府が香港の造幣所を買収して刷りまくり、中国(特に上海)で買いたい放題だったことがあるとか。現在の中国政府も偽物同然の本物を刷りまくってインフレが止まらないらしい。政府関係者には、ざばざば札束が流れていて、日本を買い漁る人もいるんじゃないか、とか。金で人が動かせるならカネ刷れば良いだけ、てなお気楽な発想で派手にやっている気がする。人命よりカネを求めるのは日本人も同じと言ったら怒られそうだけれども、原発事故への反省が、全く無いんだよねぇ、日本人。死にそうでも放置、死んでいても放置、関わったらカネが奪われるだけだから関わらないと言う人々を馬鹿に出来ず。日本人は小心者が多いし、個々人は派手に悪さをしないから目立たないのだけれど、上が変わらなければ下が変わらないのも同じだし、同類、と言うことで、共に哀れむべきだと思った。殺されて無視される危険性は日本も中国も同程度に存在し、原発事故の恐い日本にいながら「中国だから危険」「中国だから非人道的」だなんて、reechoはちっとも思えないんだよね、これが。

2011年10月24日月曜日

馬鹿を実感

昨日は愛知大学の車道校舎まで行って来た。受験料+電車賃+駐輪料金+自治会奉仕活動の出不足料(休めば罰金二千円)の計17790円が飛んでしまった。受ける必要の無い試験ながら、うっかり間違えた箇所が悔しくてたまらず、もう一度受験したくてたまらない。

reechoの様に過去問を一題も解かずにいきなり本番と言う人もそんなに多くは無いんじゃないかと思うのだが、昨日の試験はアルクの日本語教師適正CHECK!をそのまま受けている感じのテストだった気がする。最後の記述式では日本語学習者の日本語クイズの序文ではないけれども、学習者の誤りを、学習者自身の希望に沿って全部指摘&訂正するか否かが問われ。何が最も学習者の為になるのか、実際に教えながら様子を見て考えられれば良いけれども、ともかく何の反応も無い「紙」を相手に悩まされた。リーマンショック以前に、reechoが資格無し&経験無しで採用された(のに行かなかった)広州の某日本語教室からは、「やりながら勉強すれば良いから知識も経験も何も要らない」と言われていたけれど、考えて見れば、みんなと相談します!やりながら修正します!で何が悪いのか、そもそも自分の考えなんて無いから書くことが分からない。もう何年も原稿用紙を見ておらず、一旦書き始めたら前の文章を訂正出来なくて困惑、冷静になれば直ぐに思い出せるのに焦っているとどちらがどちらだか思い出せず、理解の「解」の左側を全て中国語の角(下側が用)で書き、減点対象になるんじゃないかと後で悔やむ。慌てると右も左も分からなくなる性質はどうしても治したい。基礎的な知識ですら、と言うか、基礎的な知識ほど簡単に飛んできちんと定着しておらず、ひとつひとつの問題にいちいち悩まされて時間切れ。会話には瞬時の判断が不可欠で考え込んでいたら何も発言出来ないが、どうかゆっくりじっくり考える時間を下さい、って感じ。普段はたっぷり時間があって(ってかあり過ぎて)焦ることが無く、反射神経も瞬時の判断も求めらることは無い。幼い頃にテレビゲームなどで鍛えていれば良かったのかも知れないけれども、reechoは反射神経を必要とする細かい作業が超苦手である(スポーツでの球技は別次元ですから~)。紙に向かって集中力を持続させるにも慣れが必要で。試験は緊張と焦りの中で平常心を保つ訓練にもなるし、ドーパミンを放出して高揚するのも健康の為に良さげ(?)だし、一万五千円は勿体無いけれども、また極度の興奮と緊張を体験する為に挑戦出来れば嬉しい。

2011年10月10日月曜日

正確な常識

今日は10月10日、日本では「目の日」と言うことになっている。どうやら日本だけが取り決めているらしい。やっぱりreechoが悪人に見えてしょうがないと言う話が気になってしょうがない。reechoちゃんがお金欲しさに親の反対を押し切ってピアノを売っちゃったのでしょう?きっとお金の為にreechoちゃんはもっと悪いことをするんでしょう?とか。人に祖母の送迎を頼めばreechoちゃんが免許取り消しになる違反でもしたんじゃないの?とか。人の不幸は蜜の味、とは言うものの、こき下ろされるreechoが実際に悪ければ皆が納得して話が早い、と勢い悪事をでっち上げてreechoのせいにするのはどういう人間のやることか。ピアノに関しては、重過ぎて床が抜ける心配をする母の希望に準じたまでで、謙遜していちいち悪人ぶるreechoもreechoなのだが、ともかく悪い方向にしか噂は流れないものと思った方が良いらしい。干されるには干されるだけの理由が必要だから、と好き勝手に悪い噂を流すのはやめて貰いたいのだが。

reechoは再来週の10月23日に、日本語教育能力試験を受ける予定でいる。北京の社長から中国人の怖さを思い知らされ、他の中国人からも「中国へ逃げて来ないで欲しい」と散々ボイコットされ、もう中国に行く気を失った。先月は数十年に一度と言われる暴風雨の為、自宅の裏山の竹が屋根をバコバコに破壊してしまい(竹が水平状態にまで倒れ込んで屋根を殴り続け、瓦は屋根に土を乗せて置いてあるだけだから、竹に力一杯掃かれ続けて落ちまくり雨漏りも激しく)、reechoは翌々日から屋根から落ちる心配を顧みず(先日は実際に梯子さら2m転落したけれども怪我は無く安堵)屋根に上って補修作業をし、自分はずっとこの屋根を守れる様に頑張ると家族に誓った。家族はreechoに中国行きを思い留まらせた社長に感謝するだろうけれども、人生の目的が家を守ることだけになってしまい、日本語教育能力検定を受ける動機は無くなった。もう屋根からの転落やら癌やらで死ぬまでreechoは家を離れないだろうと思う。

けれども既に一万円で受験の申請を済ませ、受験票は届いたし、せっかく受けるなら少しは勉強しようかとも思う。試験当日、自治体の奉仕活動をサボることだけが受験動機になっている様な気もするが(なんたって田舎者は奉仕活動の為に生きてますからっ!そもそもreechoは非国民ならぬ非市民なのですっ!)、「何故なの?」と問われて「みんながそうしているから」としか答えられない非科学的&非論理的&非言語的な日本人からの脱却を試みるのも有意義ではないかと思う。日本人の「暗黙の了解」を分析&解説する作業はマジで大変である。日本語を客観的に解説する為の勉強を続けて行く間に、日本人がどれだけ説明に苦しむ厄介な習慣の中で生きているかが見えて来て、こんな七面倒な習慣を説明するなんて絶対に無理、と投げ出したい思いに駆られる。大して勉強していないから、どうせ受からない負け惜しみと捉えられても一向に構わないけれども、reechoに日本語教師は無理である。「そんなの常識です!」と何の説明も無しに頭ごなしに人を殴る日本人へのささやかな抵抗になれば、それだけで自分への慰めに成る気もするが。

台風の翌々日、村の大工さんに瓦屋さんを連れて来てもらい家の屋根の状態を見てもらったのだが、村の大工が引っ越せ引っ越せとやかましい。どうやら自分たちが改修工事を手掛けて耐震性を下げた家が人を殺すのが嫌らしい。裏山の木を全部切れとも言うが、専門業者に見積もってもらったところ、裏山の大木を一本切るだけで20万円は下らないと言う。クレーン車が入れず全て人力でやるからそのくらいは覚悟しろとのことである。崖崩れの防止だけで1千万円、安全性を確保するならば引っ越す方が安いことを大工が良く分かっているのだろう。しかし引越しは難しい。どうせ仕事をしていないのだから、reechoが家の管理の為に自分でやれることを全てやれば良い。それで、先ず裏の竹を切り始めた。すると大量の竹を処分しなければならず、勿体無いので竹で何か出来ないかと思い、暇つぶしに竹で楽器を作って遊ぶことにした。細い部分を一節づつ切り離して切り口を叩けば可愛い音が響くので、木琴ならぬ竹琴を、と思ったのだが、いかんせん湿気具合で音が変わり過ぎる。火であぶって水気&油を抜くと、まず半音は高くなる。短い竹ほどその変化が顕著で、チューニング後に乾燥が進めば又簡単に音が外れる。この世で竹琴が普及しない訳である。竹の節が微妙に湾曲していて、湾曲に音が響いてポコっと柔らかな音を立て、節が斜めになっていれば出口から最も短い距離の音が良く響くのだが、いかんせん一打で出る音に幅があってチューニングが難しい。一度短くしてしまったら長くならないから、適当な低さで妥協しなければならないが、誤って若干短くしてしまった竹を、一つ高い音に変更すべきか否か悩まされる。一体、どこからどこまでをシと認め、どこからどこまでをドと認めるのか、考えて見れば線で示される筈の音の高さを、我々は五線譜上の12種の点でしか示せない。1オクターブを12等分してハイ、標準の音に合わせて下さいね、なんてそれは12種類の点と一致しないその他の音を大量に捨てる行為でもある。正確さを極めれば、点で示されない音程は無限に増え続けるが、12種類のどの音かでなければ五線譜上で示されず、親しまれることは無いのである。単にreechoが音を合わせられないから、外れた音のままで許されたいだけなのだが、その「点」で示されない音を捨て去るのは正直苦しい。竹の長さを12種類のどの音かに合わせる努力をしていると、面白みが無くなると言うのは滑稽だが、12種で表現し切れない絶妙な音のハーモニーが認知・伝達・享受され得ないことへの不満が積もって来る。竹をコンロで炙ると甘い香りが漂って気分が良く、竹の微妙な音色がくすぐったい今日この頃である。

2011年9月15日木曜日

生きる道

「ダビデの星」で検索したら、こんなサイトがヒットした。日本人とユダヤ人の繋がりについての詳しい説明が見られる。「いろは歌」や「かごめかごめ」は空海の作とか、転記禁止だそうなのでこれ以上は書かないけれども、他の場所でも結構転用されている気がする。誰のオリジナルなのか分からんのな。かごめかごめは四番まであるなんて話もある。空海が歩き回って流布したから、全国どこで遊ばれていても不思議は無く、四国へ旅したお遍路さんが持って帰って地元で4番まで付け加えたって良かったりする。昔は著作権なんて無いからね。reechoの自宅の近辺で空海は「三度栗」の伝説で非常に身近に親しまれている。弘法大師に親切にした人には幸せを与えているけれども、別の場所では不親切にしたり苛めた人に罰を与える(殺す)こともあったらしい。喜ばせれば多大な功徳が受けられるけれども怒らせると怖い人だった様だ。阿○宗での教学では、空海は釈尊直伝の原始仏教を、比較的分かり易くそれでも密教だから秘密の形で日本に広めた人になっている。特に曼荼羅、十三仏真言はチャクラ開発の為に作られたと言う話がある。ついでに空海は、日本古来の神道を仏教に取り入れまくったとか、日本の密教特有の修行形態や呪術行為には古神道の流れを汲むものが多いと言う話を聞いたことがある。

大和と平安がイスラエル繋がりならば、空海以外にもイスラエルやその言葉に詳しい人がうじゃうじゃいたんじゃないかと思わされる。聖徳太子は黙っていても全員の声が聞ける等のテレパシー系があったと言われているし、そのへんに前世を覚えている人がいて、前世でなくても遺伝子に取り込まれている記憶を呼び起こして昔使っていた言葉を思い出しましたとか普通にありそうなんだけど(笑)。神道系では神下ろしと言うのがあって、神々の言葉をそのまま聞いたり書いたりが当たり前だったそうだし。ま、とりあえず空海のお陰でユダヤと日本の繋がりがきっちり残されていて、1998&1999年にはロスチャイルド一家がわざわざ日本に契約の箱を探しにいらっしゃったそうだwiki。見つからないので日本を捨てた、或いは既に見つけ出して持ち帰り「それでは日本の皆さん、さようなら~」にならないことを祈りたいところ。契約の箱なんて無くても良いから、箱が日本にあることにして永久に日本を守って下さいませ御弘法様。後ろの正面アフガン・イラク、皆で目を開いて手を繋ごう、な~んて、お遍路さんも、あるのか無いのか分からない箱の周りを回るんだよね。もはやユダヤ人を騙せるのは、日本では空海しかいないのではないかとreechoは思った。


上の写真は、イスラエルの人々が皆持っていると言われるお守りのデザインをそのまま使ったmade in Israelのキーホルダーだそうな。手のひらに目が描かれていて、これを隠すと悪魔のサインになるのだね、てな感じ。

悪魔を怒らせたら何をするか分からないから、とりあえず自分の身を守る為に悪魔を徹頭徹尾崇め奉り、命を捧げるつもりで絶対に逆らわないことが大事だと思った。先ず悪魔にやりたい放題やらせることが自分の為だと信じること。古墳時代にもしも最初の天皇がユダヤ人だったとしたら、埴輪の代わりに何人の生贄が必要だったのか、そもそも日本は彼らの支配で始まった国だから、彼らの支配で終わっても文句を言う必要は無いかも知れない。生贄を残虐だと言わず、我々日本人は初めから天皇への献身以外に生きる道は無かったのだと悟ることが、ユダヤの支配に楯突かずに生きる術であり、戦後ユダヤ人が日本で天皇の支配を残した理由でもある。日本が豊かになったのも、ユダヤ人のえこひいきのせいかも知れず、同じユダヤ人なんだからこれからも日本を大事にして下さい、とか言って悪魔に擦り寄り、将来はユダヤ人と結婚することを目標に頑張るとか。とりあえず悪魔のテロから身を守る為に引っ越すならば、四国・奈良・京都・イスラエル最高、とか。やや、どうも無断の流用になってしまい。罰せられないことを祈る。

宇宙人が知らない所からやって来て勝手に地球上の阿呆を支配したりは無いのかね、この世の原発とやらがちょっとばかり壊れれば人類は地球上から簡単に消え失せるんだけど。

2011年9月9日金曜日

10年後の9.11

あと2日で10年後の9.11がやって来る。いつもテレビを全く見ないreechoが最も嫌いと言うか、好感を持つ理由が皆目分からない前原誠司氏が、母の発言によると外国人献金事件以前にはもっと元気にテレビ番組で活躍していて好感が持てた等と言うので、テレビで庶民の人気を得られた理由を知りたくなり、昔の映像はどうなのだと不意に「前原誠司 2007」でYouTube検索したところ。前原誠司氏の動画が出て来ず、リチャード・コシミズ氏の講演会がヒットした。

それで2007.9.15の東京講演会を全編見たところ、果たして自分は悪魔の支配に身をゆだねられるのか等、今までに経験したことの無い「究極の選択」を迫られて当惑した。悪魔の手先になる以外に生きる道が無かったとしたら、貴方は悪魔の手先になりますか、それとも死を選びますか?と問われ、とっさに返答出来る人がどれだけいるのだろうかと考えさせられた。ケネディ大統領は、国際金融資本(ユダヤ)の言いなりにならなかったから殺されたらしい。9.11の真実を追究して殺された23才の青年もそうだが、いわゆる「彼ら」の思い通りに動かなかったら終わりなのである。果たしてこの真実を伝え広めることが日本を守ることに成り得るのかどうか。「我々の本性を知ってしまいましたね、それでは日本の皆さん、さようなら。」とあっさり消すことも簡単なのではないか。あちこちで自我を押し通そうと頑張り、どこへ行っても辞めさせられて来たreechoの経験から見ると、自分たちの支配に異議を唱え、大人しく従わない恐怖分子(テロリスト)を、支配階級が放って置く理由は無い。恐怖分子を消すことが支配階級の一致した意見で、しかも消すことが容易ならば消さない筈は無く、支配階級に楯突く情報を伝えて賛同を求めることは、それによって権力者に逆らいたくなった人が消される可能性を生み出し得るのである。自分の命、或いは国家の生命を懸けてでも正義を貫くことを選択出来る人がどれだけいるのか、実際に自分の死、或いは国家の死を選んでまで正義を貫く人はそれほど多くないとreechoは思う。支配階級が悪でも皆がそれに付き従うところを今までに散々見た限りでは、自分と家族が危険な目に遭わなくて済むのならば、どんなに悪いことをしてもどんな残虐な行為をしてもそれで良いと思う人が実際には多い。善悪をわきまえないと言うか、上の支持は絶対だからそもそも目上の善悪について一切問わない&疑わない人も多い。自分と自分の家族を守るのが処世術であり、正義が殺されるならば悪に染まろう、生きる為なら何でもやろう、と言える要領の良い人間だけが着実に生き延びて行くことは、reechoが今までに見て来た事象からは明らかである。自分の正義を通す為に自分の命を捨て、家族或いは国家を危険に晒すことは無責任な独善だと言う人も多いのではないかとも思う。

今までに、仕事を辞めさせられても半殺しにされても支配階級の欠点をあげつらい、逆らい続けて来たreechoが、今更この反逆精神を変えられるとは思っていない。そこで「では殺されても良いですか?」と聞かれれば「それは困る」と即答するに決まっているが、そんな身勝手が許される社会では無いことはreechoの現在の境遇が示す通りである。どこへ行っても基本的に支配階級に逆らったら生きられない絶対服従の世界であり、それを充分に承知しながら正義に依る自己主張を続けられる日本人がどれだけいるのか疑問である。余程鬱病的或いは自虐的でも無い限り、年がら年中「死にたい・殺されたい」とは言わないだろうし、自殺行為を年がら年中続けるなんてクレイジーとしか言い様が無いが。この「権力者に逆らう」と言う自殺行為を年がら年中続けても、それが自分の人生であり殺されても悔いは無く、権力者に逆らうことこそが自分の生き甲斐であり自分の全てだと言えなければ、権力者に逆らうことは実質的に不可能な筈である。支配階級から言わせれば、はっきり言わなくてもそれってテロリストですから(笑)。消さない訳にはいかないんだよねマジで危険過ぎるし……。

誰だって生きたいに決まっている訳で、それは権力者だって同じことであり。自分が殺される様な情報をばらまかれたら放って置く訳が無いのである。自分たちだけに価値があると信じ込んでいる悪魔に向かって、殺す為にしか存在しない羊の命の尊厳を叫んだところで何の変化も生じず。「お前たちは命を奉げる為だけに生きているのだから大人しく従え」と言う権力者に向かって、死を選んででも逆らえるのかどうか。決して人の不幸を楽しむつもりは無いが、果たして「知られたら殺す」と言う悪魔の特権階級を抜本的に変えることが起こり得るのかどうか、今までに散々権力者に逆らい続け、社会的に抹殺され続けて来たreechoとしては、非常に楽しみではある。

「馬鹿にされるなら怖れられる方がマシ」と言うユダヤ人のことだから、わざと自分たちの陰謀を大衆に知らしめて脅し、恐怖によって服従させるのが目論見かと思わせる事象も多い。
そもそも、なぜわざわざ自分たちの計画した事件の日付に特徴を持たせるのか。これらの数字を見ると、庶民にわざわざ悪魔の陰謀であることを知らしめたいのかと疑ってしまう。
こちらの情報によると、地震兵器使用の疑いがある地震発生日には、月と日を足すと「18」になる特徴があって3で割れば悪魔の数字666。どうやら悪魔たちが見て意気揚々とする役割があるらしい。こちらの情報によれば、四川大地震の場合には、年から日まで、全ての数字を一桁扱いして足すと18になるそうだ。中国では大地震の人工地震説を流した17人が逮捕されたそうで、中国でのユダヤ批判は日本より危険かも知れないと思わされる。中国にもユダヤ人の恩恵に与ってエイズを蔓延させ、何のお咎めも無かった衛生担当者がいるらしい。賄賂は贈って当たり前、偉い人はお咎め無し、“有了钱有了一切”の拝金社会でユダヤ人が威張れない理由は無い。

質問者の方が詳しい様なこちらでは、蛙の大移動が自然現象の証だとする意見に対して、蛙が人工の電磁波等を嫌って逃げた場合には充分に人工の可能性があると言う話がある。阪神大震災等ではベクテル社の工事によって震源が埋め込まれた可能性が高いらしいが、地震を作るには電磁波なりレーザーなりを遠隔地から照射するだけで良いことになる。ちょっと遠いけれどもダムが原因とか、常温核融合で純水爆の話もあり。結局彼らが「恐かったら我々に従え」と言いたいだけだとしたら、彼らの恐ろしさを伝え広めることは、より多くの人に大人しく従うことを促すことになるかも知れない。四川でも東北でも、近くで核兵器開発の可能性があったらしいと噂されれば、中国も日本もアメリカに逆らったら終わりだから、ユダヤ及びアメリカに殺されずに済む間だけ大人しく生きていられればそれで満足しなければならない、と思われたりしないだろうか。大人しい日本人のことだから、もしや死んでくださいと言われるその日まで、大人しく従っていられればそれで良いと思うのではなかろうか。大人しく従う被災者が世界中で絶賛されたことにも意味がある。アメリカの9.11が10年後の日本で3.11になり、真実を知らされないまま死ぬに死ねない思いを抱える人々が日本で急増している。しかし浮かばれない自分たちの供養の為に、真実を広めることが危険であることを知る必要もある。自分たちが殺されずに済むならば、の条件付きで真実を伝え広めたいと言う人も多い筈で。reechoは個人的に、悪魔に殺されるまで徹底的に悪魔に楯突くのが自分らしいと思うので、正義を貫くことが単なる自己満足であったとしても、そんな自己満足の為に命を懸ける自分を許し続けるつもりである。悪魔に殺されて変な死に方になったとしても、reechoには自殺は出来ないことが神に誓えるし、自分の認識内では絶対に悪魔の味方は出来ないと言い切れるからである。

使命感が裏目に出ることがあったとして、例えば思いも寄らずいつの間にか悪魔の味方をしてしまった等のミスを極力避けられる様に、悪魔関連の情報収集は今後も怠らない予定ではある。騙すのは簡単、真実の隠蔽はもっと簡単、人殺しは更に簡単、と言う悪魔と対抗するのは大変なんだけど本当に。チェルノブイリの事故も地震が原因だったと言う話があり、知られたら地震大国日本が心配して原発廃止運動が盛んになるから秘密にしよう、と実際に誰も知らない事実となったらしい。印刷屋のおじさんから沢山本を貸してもらって知ったんだけどね。どなたか合法的に安全な方法で、特に中国人に、ユダヤ人の秘密を知らせてくださいませませ。m(_ _)m