2010年10月13日水曜日

中国の恫喝と台湾人の高笑い


機械ダンス@YouTube

台湾人、何だかいやらしくて下賎な物が好きな人が多い。取締りが厳しい大陸と比べたら終わりなのだが。八田與一記念館の横にある噴水を見た際に、不謹慎にも男根をイメージして創ってないか?と思ってしまい。日本人があれを見せられると「思い起こせば、日本人って見境無くジャージャー出してたわよねぇ」みたいな、台湾人のあらぬ回想を連想してしまうのである。実際に見境無くあちこちでジャージャー噴射しまくっている男性を知らないと連想不可能だと思うのだけれど、残念ながら日本には見境無くやりたがる男性が多過ぎる。で、ひょっとすると、そんなことを露骨に連想させる台湾人も、申し訳無いけれどもやりたがって迷惑な感じがある。

八田與一の銅像はreechoの曽祖父が提案して作ったと聞いたことがあったけれども、台湾人とメールをやりとりする間に、歴史的事実がどうであれ、どうしてもそれだけは撤回して欲しいと思う様になった。何故なら、地べたにべったり座り込んで悩む棟梁の銅像を、まだ本人が生きている間に創るのはちょっと失礼じゃないかと思う様になり。上司を座り込ませて悩ませたいと言う欲望が無ければ、あんな姿で上司を放置させて置く訳が無いと思うのだ。今はちょっと高めの台に乗っているけれども、昔は本当に地べたに直接置かれていたのである。ずっと悩んでいれば?と言うからかいの意味を含まなかったら創れないと思うのだ。要するに、reechoは八田與一の悩む姿に喜んで、もっと悩ませたかった人間があの銅像を発案したと思うのだ。それは、日本人をからかいたがっている台湾人でなければ今のreechoは困るのである。

台湾人、日本人に親切だから親日的だと思っていると、なかなかそうとも言えず、いかんとも言いがたいわだかまりがあって困る。日本人から侮辱されて来たという悔しさから、日本人を凹ませようと頑張ることも多々見受けられ、仕事が無いとか短足だとか、直しようの無い相手の欠点をつついて優越感を得たがり、わざと失礼なことをして相手に屈辱を味わわせようとするのである。
上の軟体ダンスの映像は、烏山頭ダムの墓前祭で知り合った50代直前のおじさんが「見るに値する」と言って送り付けて来た物で。大学時代の親友と2人連れで墓前祭に来ていて、話しかけたら随分親切にしてくれたのだけれど、教科書に載っているから来たと言う親友は小学校の教員、本人は台湾政府の立法院で働いていて、@ly.gov.twのドメインでもって、仕事場の立法院から頻繁にreecho宛にメールを送って来る。上の機械ダンスの映像もそうなのだけれど、仕事の前後にそんなものを送信していて良いのか?と思ってしまう内容が多い。そこそこの有名私立大学を卒業しているのに知的センスを全く感じさせないメールばかりで、台湾でそこそこでも人口の少なさを考えるとそんなものなのかと思わされたり。

それで、最も困るのが自己愛の強さである。中国と一緒に日本を攻撃して大満足しているのを見るのも日本人としては不愉快で。尖閣諸島問題について質問したら、中国が戦争で用いる打不打日本就看三句話を紹介してくれる。
1.人不犯我、我不犯人。人若犯我、我必犯人。2.勿謂言之不預也 3.是可忍孰不可忍
この三つ目が出たら必ず戦争勃発という話で、今回は二番目の最後通牒まで正式に発表されたそうだ。ここの変な日本語の説明を見ても中国語圏の人でないと読めないんじゃないかと思わされる内容で。日本人は言葉の意味も歴史的背景も分からないけれど、中国人はこれを聞くと反射的に戦争の準備をするらしい。


「日本製品に支払った金は、中国を攻撃する為の兵器に変わる」と警戒して、日頃から日本製品の不買活動を行っている中国人だけでは無く、尖閣諸島付近での衝突事故は、一般の中国人も戦争の発令を警戒する事態に発展していたらしい。中国人がこの様に戦争を意識しているところを見れば、日本人はなおさら「中国に流れたお金は日本を攻撃する兵器に変わる」と覚悟するべきだけれども。日本人は疑い方が足らず、日本は安全だと思い込んでいる節もある。

立法院のおじさん、「三句話」☆と同時に、"以下是日本《21戰略週刊》近日刊發的日本著名評論家小野洋雄關於東海問題的一篇關於東海問題的分析文章,"で始まる「日本で著名な評論家、小野洋雄の文章」を紹介してくれる。作り話だなんて思っていなかったらしいけれど、調べて見るとそんな評論家は日本に存在しないし、《21戰略週刊》なんて言う書物も見当たらない。
繁体字と簡体字を使う人の数も違い過ぎるけれど、とりあえず繁体字版・簡体字版共に配布数が多い。reechoの憶測では、日本を妬む台湾人が、日本をさげすんで満足する為に日本人になりすまして書いた可能性もあるんじゃないかと思う。2010年9月14日から連日複数の配布が始まっていて、わずか1日とは言え簡体字が先でも、繁体字では2009年5月には既に存在したことが確認出来る。
小野洋雄さん、中国語圏内では物凄い人気で☆、台湾では教養のある台湾人も「自分の意見を表現している」と言って満足し、わざわざ日本人のreechoに紹介して寄こすし。中国人及び台湾人は「日本は厳密な意味では独立国家では無い」と日本人に言わせて流布し、皆にそれが真実だと思わせたいらしい。自分に都合が良い情報ならば、皆が皆闇雲に信じたがるのも性質が悪い。自尊心を満たす為に、日本人に対しても、日本人が自虐的に自国を蔑んでいる物を見せて「これが真っ当だからお前も従え」と言うのである。

ちょっと行き過ぎた考えだと思うけれども、嘘をついてでも無理やり相手をこき下ろして謙遜させるのが台湾人のやり方と見え。台湾人以上に下賎に考えを進めているreechoは、自虐的に悩み込む八田與一像を創ったのはやっぱり台湾人だと思うし、八田與一を地面に座らせて見下し、どうしても困らせて喜びたがっていたのも台湾人であったに違いないと思いたいのである。

2010年10月10日日曜日

検索エラー

中国、「ノーベル平和賞」のネット検索を遮断
2010.10.09 Sat posted at: 09:59 JST

北京(CNN) 2010年のノーベル平和賞の発表に世界中のマスコミが沸く中、受賞した中国人活動家、劉暁波氏の母国である中国の当局は、公の場から劉氏の名前を抹消しようと奔走している。

例えば、中国の検索エンジンで「劉暁波」または「ノーベル平和賞」と入力しリターンキーを押すとエラーメッセージが表示される。

また中国当局は、CNNなどの海外メディアによる劉氏に関する報道も遮断した。そのため、中国の一般市民が劉氏の平和賞受賞のニュースに触れたのは、中国外務省の平和賞に関する短い声明が報じられたときだけだ。同省は声明の中で、ノーベル賞委員会が平和賞の受賞者に服役中の反体制派である劉氏を選んだことについて「平和賞を汚す行為」と批判した。

しかし、中国のニュース視聴者にとって今回のような報道管制は決してめずらしいことではない。中国政府は情報統制の一環として、長年フェースブックやユーチューブなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)や海外ブログサービスを遮断してきた。

また今年はじめには、ネット検閲をめぐり中国政府とグーグルが対立し、グーグルが中国国内の検索トラフィックを香港にリダイレクトする事態に発展した。

中国では世界最大規模の人員を投入して4億人を超えるネットユーザーの行動を監視していると言われる。この大規模なフィルタリングシステムは、不満を抱くネット市民の間で「中国のグレートファイアウォール(防火長城)」と呼ばれている。
(c) 2010 Cable News Network.


らしい。日本でもお上に都合の悪い情報は全て抹消される傾向があって、中国ばかりを責められないとは思う。上下関係と人の和を大切にする几帳面な日本人が、常識外れな人間をイジメ出したらこれまた徹底的で。規格通りでないとOutという徹底した厳格さが、正確&精密な世界一の製品作りに生かされたのだと思うけれど、あいにく人は機械じゃ無いのでね。思い通りに動くとは限らないのですよ。中国は日本に比べるとやたらに乱暴で派手で比較出来ないのだけれど、日本も怖いことでは同じだと思う。しかしながら何でも簡単に消しちゃうんですね中国さん、凄いです。
色々ニュースを拾ってみたところ、発表当日までノーベル平和賞の最有力候補は胡佳(☆・☆)だったらしい。結局受賞したのは獄中の受刑者で。劉暁波氏に対する判決については、引退した中国共産党幹部等が連名で共産党当局に抗議していたらしい☆。当局に都合の悪い人物は直ぐに軟禁状態になるらしく。劉暁波氏の獄中手記は何やら当局の「やらせ」とも見られる様で、人道的処置を宣伝したい当局に利用されているんじゃないかとか☆、色々な噂があるらしい。

中国の内部でも相当の軋轢が生じている様で、これを見ると、元総書記の秘書(鲍彤)が、中国政府の価値観は国際社会の価値観と違い過ぎて話に成らないと思わせるだろうけれども、中国は人民の自己責任と努力によって民主化に向かうべきだとか言っている。政府が無責任過ぎて笑ってしまい。それで情報統制しているのだから世話は無く、弾圧しながら人民が自主的に中国を民主化しなければならないとか、人民をおちょくるのもいい加減にして欲しい。徹底的にイジメながら密かに民主化を奨励しているとか言う矛盾を見ると、外側から見る中国はやっぱりごく一部に過ぎないのかなぁ~と思わされる。嘘が上手いのも困りもので、民主化運動に警戒しながら実は共産党内部では確実に民主化に向けて動き出しているのか、いつまで見かけ上の弾圧を続けるつもりなのか、政治改革がどのように表面化し得るのか楽しみではある。

2010年10月8日金曜日

劉暁波氏Nobel平和賞受賞

ノルウェーのノーベル賞委員会が劉暁波氏をノーベル平和賞に選出、亡命せずに超危険な中国に居残って投獄されている人を選ぶなんて大胆な選択だったと思う。中国からの圧力も考慮しつつ、明らかに世界中から中国の独裁を非難させることを狙ってのことと思われ。どうかこれを期に、世界中で中国の非人道的制裁を非難して頂きたい。

もう2年も前の映像になるけれど、新唐人電視台にて、カナダの弁護士が中国人の亡命について語っている。コメディ映画の『非诚勿扰』でも、「友人をアメリカで亡命出来ないように工面したら、帰国した後に家庭内暴力を苦に自殺してしまった」と言って主人公が泣くのだが。中国には物凄い数の亡命希望者がいる様で、国家の暴力でどれだけの人が命を落としているか、考えると恐ろしくなる。reechoのBlogでしょっちゅう登場する台湾人(日本の帝国主義を憎んでいる約一名)も、reechoへのメールで、民主的な台湾と中国の交流が盛んになれば中国が混乱して民主化に向かう筈だと言うのだが。台湾へ圧力を掛ける以前に中国にはとっとと民主化してもらいたいと思う。
三个月成为美国公民不是梦!(三ヶ月でアメリカ人になるのも夢では無い!)---これも亡命指南なのか、非人道的国家から逃げる方法を教えていたりする。逃げたい人は莫大な数に上る筈で。まだ亡命していない中国国籍の中国人をノーベル平和賞に選出した理由も何だか分かる様な気がした。世界中が中国からの亡命者で溢れ返ってしまうのも困るからねぇ、って、それは厭味デシタ。

日本の新聞記事は直ぐに消えてしまうのでコピペしておくことにする。

中国指導部に大きな試練 劉暁波氏のノーベル平和賞受賞
2010.10.8 18:23

 【北京=伊藤正】ノルウェー・ノーベル賞委員会が、中国の反体制作家、劉暁波氏にノーベル平和賞授与を決めた背景には、中国が経済発展の陰で、国民の民主的権利を抑圧しているとの国際的批判の高まりがある。中国政府は「内政干渉」と反発するだろうが、国内でも政治改革への圧力が強まる中、中国指導部は劉氏受賞への対応に苦慮しているとみられる。

 劉暁波氏が平和賞の有力候補と伝わった後、ある中国の知識人は「もし受賞すれば、共産党のおかげだな」と話した。劉氏に対する懲役11年の判決には、世界各国から批判と抗議の声が上がり、劉氏は一党独裁体制の犠牲者、民主化運動の殉教者として同情と共感を集めたからだ。

 1970年代末に改革・開放に転じて以来、中国は経済発展のために、対外開放路線を取り、国際化を進める一方、党に対抗する言論や活動は弾圧し続けた。改革・開放開始直後の79年、一党独裁を批判した魏京生氏を懲役15年に処したのに始まり、89年には、民主化運動を武力鎮圧した天安門事件が起こった。

 魏氏に適用された「反革命宣伝扇動罪」は、97年の刑法改正で国家政権転覆扇動罪と名称を変え、今回の劉暁波氏の罪名になったが、党批判を封じ込める本質は不変だ。弾圧は、言論にとどまらず、党の意に沿わない宗教活動や人権擁護運動にまで及んだ。

 中国の民主的権利や人権の抑圧には、欧米諸国、特に米国が批判し、改善を要求してきた。中国は、公式には「内政問題」として突っぱねる一方、天安門事件の政治犯を「病気治療」の名目で出国させるなど圧力を交わす取引に応じた。

 しかし中国が経済大国化し、発言力を増した近年は、欧米の対中圧力は著しく弱まった。昨年春以降、訪中した米国のペロシ下院議長やクリントン国務長官は人権問題に触れず、中国の知識人層を失望させた。11月に訪中したオバマ大統領も同様で、その翌月、劉暁波氏に重刑判決が出た。

 劉氏へのノーベル賞授与が、中国の民主化や人権問題への国際的関心を高めるのは間違いない。それは中国が軍事拡張を続け、北朝鮮やミャンマーなどの独裁政権と親密な関係を築いていることへの懸念も背景になっている。

 中国は天安門事件後、一党独裁下で、経済は急成長したが、同時にさまざまな矛盾が噴出、社会には不満が充満している。市場経済化に見合った政治改革が停滞し、少数の特権階層が果実を独占する腐敗構造が形成された結果である。

 中国指導部は社会各層から政治改革の圧力を受けており、「08憲章」で一つの方向を示した劉暁波氏の影響力を恐れたのが重刑を科した理由だった。その劉氏の受賞が国内に与える影響は、徐々に大きくなっていく可能性が高い。

 1984年のロサンゼルス五輪で中国選手が金メダル1号を獲得したとき「ゼロの突破」と国中がわいた。ノーベル賞も中国の悲願だが、今回の「ゼロの突破」は国内報道も規制されるだろう。

 経済はじめ多くの分野で国際標準化しながら、普遍的価値観を拒絶する中国を「異形の大国」と表現したのは、ある改革派の知識人だ。劉氏の受賞にどう対応するかは、内政問題も絡み中国指導部の試練になりつつある。
Copyright 2010 The Sankei Shimbun & Sankei Digital


てゆーか、前出の映像にもあるのだけれど、アメリカに亡命した法輪功信者にまで弾圧を加えたりしていて、中国の魔の手は何処へでも伸びて行くらしくて怖いねぃ……。内政干渉などと勝手なことを言わさずに、中国政府の強行と言うか独裁を、世界中で干渉&攻撃しなきゃいけないと思う。

2010年10月2日土曜日

Blackmail

予めreechoが自分の家の前を通ると分かれば、わざわざ見える場所に出て、reechoをじっと睨み続ける人がいる。警告のつもりなのか、人によってはわざわざ通行の邪魔をしようと頑張る人も多い。reechoと仲良くしようとする人は苛められるのが関の山。この近辺は付き合いが狭くて執着気質、ついでに時間に余裕がある人が多いので、そんな念入りな嫌がらせにも熱心になれるのである。reechoが「こんにちは」と挨拶すれば無視するか、少なくともreechoに挨拶することが間違いだと言いたげに馬鹿にした態度を取る人が多い。皆で偶発的に嫌がらせをすれば法律的に問題になり得ないから大丈夫だと思って堂々と嫌がらせをする人が多い。そんな一般市民とは裏腹に、昨日は車に乗った警察官が満面の笑みでreechoを見つめてくれて厭味に見えてしょうがなく。何か脅しに見えることをしたら法律に触れかねないので、「厭味な笑顔」の路線が安全なのだなと思って見た。嫌がられても法律に触れなければそれで問題無いのである。

男女の間柄であれば、相手から親切にされたら、もらえる物を全てもらって逃げれば良いと思う。借りた物の返却を求められたら「捨てた」と言えば良く、しつこく返却を求められたら「ストーカー」と言って警察に処理してもらえば良い。法律的に、別れた異性に対して物品の返却義務が無いならば、貰える物は全てもらって「さようなら」と言えば良く。律儀な日本人にはちょっと不向きな中国風と言うか朝鮮風なのだけれど、嘘であっても貰った物は「全部捨てた」と言えば触法行為にはならないのである。法律はいくらでも悪用することが可能で、これは異性からモテる人は大いに利用出来るんじゃないかと思う。逆にモテない人は、捨てられても食い逃げされても許せる相手以外からは、法律を悪用されないように注意するべきである。世の中は、倫理的にどう間違っていても、法律に触れない人間の勝ちである。
警察の警告にちなんでWikipediaを見ると。

海外
外交交渉などで暗黙の明示や先手を打ち、相手国を強請ったり屈服させたり言いがかりをつけたりすることにより、自国に有利な交渉を展開する際に使用される(一般市民が行えば脅迫となるであろう破壊活動、軍事的攻撃、殺害の予告も、国家やテロリストなどが行えば、どんなに理不尽で残酷なものであっても脅迫ではなく警告とみなすマスメディアが殆どである)。

とある。「強請ったり」ってどう読むのか分からず検索したら、「ねだったり・ゆすったり・たかったり・せびったり」と読めるらしい。ラ行四段活用のみで現在は使われない「もがる(強請る)」もある。ただでさえ日本語は異読が多いのに当て字で読まされてしまうのもちょっとなんだか。
ともあれ国家が行えば脅迫でも警告(warning日本語だけ?)と表現されるそうだ。たとえ合法であっても、先手を打って恐喝した者だけが得をするのはどうもいただけない。皆が皆、法に触れない範囲なら人を脅して従わせようと頑張ってしまうではないか。

一週間ほど前に、帝国主義を嫌う台湾人から
最近中國與日本的關係非常緊張 希望大家都能平安~ 在日本有因為釣魚台的事情讓日本很困腦嗎? 釣魚台本來就屬於台灣為何是中國跟日本在搶奪呢?「最近中国と日本の関係がひどく緊張しているけど皆さんが平穏無事でいられることを希望しますよ~。日本では尖閣諸島のことで悩んでいるんですか?尖閣諸島は、本来は台湾の物なのにどうして日本は中国と奪い合っているんですか?」というe-mailが届いた。(上記について、電子メール公開の違法性を鑑み、遠慮無く告訴して頂きたい。ついでに台湾人から猥褻メールを送られた際に性騷擾防止法で告訴する方法等、自分自身が被害者になった場合の対処方法を研究させて頂きたいところ。)←2010年10月3日追加
全体を通じて大陸の肩を持っている様子で、凶暴な中国と平穏無事に向き合えなんて言うのも腹立たしかったんだけれど。確かに台湾人から見ると釣魚台は台湾の領土で中国は関係無いと思えるらしい。反日感情を高める為に、台湾政府が尖閣諸島は台湾の領土だと大々的に報道して国民を煽っている成果である。尖閣諸島の前に台湾本土が中国の領土では無いことを主張すべきだと思うが。それは台湾が独立国家として中国政府からの離脱を主張することで、大陸からの「警告」が大変危険であるから慎まなければならないらしい。それで台湾人は何故日本人に対して、釣魚台は台湾の領土だと主張できるのか、日本が恐いから日本を攻撃するのは慎まなければならないと言える人がいたら教えて欲しいス。マジで。

独立するなら武力行使も辞さない、と言う中国、益々強大化する軍事力&非人道的制裁を放置してはならないと言うのに、日本アメリカその他大多数の国々では、中国との国交を大切にして中国を尊重し、中国の言いなりになって台湾を国家と見做さずそのまま見捨てるつもりらしい。独立した政府を持つ台湾を、日本が国家と認めない根拠となっているのが日中共同声明の(二)と(三)
(二)日本国政府承认中华人民共和国政府是中国的唯一合法政府。
訳:日本国政府は、中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する。
(三)中华人民共和国政府重申:台湾是中华人民共和国领土不可分割的一部分。日本国政府充分理解和尊重中国政府的这一立场,并坚持遵循波茨坦公告第八条的立场。
訳:中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。

で、ポツダム宣言第八項に基づく立場とは「日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」だそうである。ついでに最新判例によると、「国際法上条約としての性格を有することが明らかな日中平和友好条約において,日中共同声明に示された諸原則を厳格に遵守する旨が確認されたことにより,日中共同声明5項の内容が日本国においても条約としての法規範性を獲得したというべき」らしく、声明が法律としての効力を発揮していることが確認される。他の項についても同様に法的拘束力を持つならば、日本は中国の立場を十分理解し、尊重し、台湾を中国の領土と見做さなければならず。どんなに凶悪な国家と調印した声明であっても法律として機能している以上、正当な民主国家である台湾を国家と見做すことが許されないのである。(この段落は10月3日に大幅に変更を加えた。reechoも知らないことが多かったので。)国家間の取り決めで国民が蔑ろにされるのは、何も台湾に限ったことでは無く、民主主義とは名ばかりの、お上の為に動くことしか許されない封建主義&独裁の傾向がまだまだ強い日本でも多く見られると思う。戦争は、まだ終わっていないのである。国家の利益の為に国民が蔑ろにされるのは、中国・台湾でも顕著で、国家の都合で国民が翻弄されるのは甚だ迷惑だと思う。

中国の警告は、しばしば非人道的脅迫によって行われる。従わなければ危ないから皆が従う、強いから許される、と言う中国の現状を、諸外国及び中国国内の人々はどこまで許し続けるつもりなのか。暴走し続ける中国を脅迫して従わせられる国が無ければ、中国はどこまででも暴走を続けるんじゃないかと思う。
blackmailとは、法律用語で「恐喝で得た金品」の意味らしい。(goo辞書)
非人道的措置によって得をし過ぎている国を戒めるには、他国が一同に協力して、合法的に警告及び恐喝する方法を真面目に考えておく必要があるかも知れない。周りを見てみると、被害を受けそうな人こそが懸命に強請る(1 異議を申し立てる。逆らう。 2 言いがかりをつけて金品をねだる。ゆする。たかる。)ことを、日本政府が奨励している節もある。reechoも権力者による都合の良い警告・恐喝及び人権の略奪に負けず、自分自身が合法的に警告する術を学ばなければならないと思う。
例えば世界を牛耳ると言われるユダヤ人にしても、恐れられる工夫によって権力を得たのであり。脅せない人間は馬鹿にされるだけだから、馬鹿にされたくなければ巧妙に執拗に、そして合法的に脅すことが大切で。尊重されるって、そんなにたやすいことでは無いのである。

2010年9月5日日曜日

地区体育祭



9年ぶりに地元の体育祭に参加した。運動会の3週間くらい前に公会堂で選手決めがあるのだけれど、欠席の連絡も入れずに選手決めの会合を勝手にすっぽかしたら、選手決め当日夜に「60m走に出てくれない?」と、まだ公会堂にいるらしき地区体育委員の奥さんから電話が掛かって来た。人数が多いから連絡入れなくても勝手にすっぽかせるかと思っていたreechoの考えが甘かった。25-35歳の女子って、妊娠しないと困る人々ばかりな訳で、体育祭に参加出来る人の変動は確かにある筈なのだが。うちの地域はそれでも人数が多い方で、子供連れでも無い未婚の女子は基本的に恥ずかしがって運動会に出て来ない。reechoも、2000年の第1回市町村対抗駅伝大会で、菊川町の一般女子補欠選手として駅伝に参加した年を最後に、一度も体育祭に参加しておらず、運動不足も重なっていてちょっと嫌だなと思ったのだが。これを機にまた熱心に「走る」ことにチャレンジして見ようかと思い立った。3週間前の話である。
だいぶ長い間走っていなかったのでジョギングから始めたけれども、筋肉が落ちてしまって足が全然動かないので困った。ちょっと無理して動かそうと頑張ったら左足腿の後方がコブラ返りと言うか、肉離れの一歩手前?みたいな症状になってしまい、3日間くらい激痛が続き、歩くのも辛くなり。今度はその筋肉を使わずに走ろうと試みたところ、右足腿の前方が痙攣して激痛が続き、走る度に筋肉が肉離れ寸前の状態になるのでどうにもしょうがなく。右足腿前方は、家族が見ても腫れ上がっている状態で、病院に行く程深刻では無いけれども運動会に出るのは苦しいかなぁ~と思った。けれども、ともかく暫く休んでから、とりあえず運動会当日だけは、出るだけ出て見た。筋肉は攣ったけれども別にどうにもならずに済んでほっとした。

reechoの出身の小学校、最近見た9年前と比べれば、運動場の危険な遊具が減った気がする。reecho等は危険な遊具から落ちて怪我をしながらも、危険な程にスリリングな遊具で体も心も鍛えられたつもりだった。1学年1クラスずつしか無い市内で最も小さな小学校だけれど、促進住宅も出来て新しく入って来る人も多い筈なのに、reechoが小学生だった頃から子供が増えた様子は無く、1クラス30人を超える学年が無いんじゃないかと思われる程。


フライング

中学生は100m走。

田舎者は真面目だな~とひたすら感心した。こんなにクソ真面目に汗水垂らす人々って、都会では滅多に見られないと思う。人間関係が薄くてあっさりした付き合いしか有り得ないからかも知れないけれど、都会の人は激しくぶつかり合うとか醜い姿をさらして競いたがらないと言うか、ぶつかり合いを避けるのが上手くて、何だかいつもスラリと爽やかにしている印象があり。田舎者は垢抜けなくて野蛮と言ってしまったら終わりなのだけれど、実直に顔を歪めて歯を食いしばり、形振り構わず競技に没頭するのが感動的と言うか、本気で戦って負けて悔しがるのも野性的で。クソ真面目に全力疾走する人達を見て、また真面目に走る自分も再確認して来て、毎日の生活でもまた懲りずに全力疾走にチャレンジするべきだよな~、と思った。全力と言ってもたかが知れているのだけれど。覚えたら片っ端から忘れて行く弱い頭と格闘!しながら、何とか中国語を習得しておきたいと思う。


参加賞はクレラップ。弱りゆく頭も体も、それ相応にビシバシ鍛えておきたい。

2010年9月4日土曜日

生き地獄

reechoの地獄の様な人生が始まったのは、reechoが小学校5年生の時に、母が西式健康法及び甲田式健康法というものを始めた為である。悪いのは、自分だけでは飽き足らず、私にまでその食事療法を始めさせてしまったことである。良いと思ったら一途に一本道しか見られなくなる母のこと、徹底的に食事療法を守らせようと必死になった。その食事内容は、上のリンク「甲田式健康法」の食事療法の2.にある様に、

朝 青汁、1日1.5Lの水(食事中と食後3時間は取らない)
昼 玄米1合 豆腐200g ごま10g 塩5g
夜 昼と同じ

というもの。reechoの場合は、朝は青汁のみ、昼と夜は玄米と豆腐と塩・黒ゴマペーストと昆布粉・僅かな人参orかぼちゃの煮物だった。小学校の時には毎日たらふく食べられる学校給食があって、お弁当持ちなんて考えたくも無かったのだけれど、ともかく母は学校教員を説得してreechoを毎日お弁当持ちにさせたのである。

reechoは幼少期から、母の作った料理を食べたことは殆ど無かった。常に母の母である祖母が料理していて、基本的に明治、或いは江戸時代の家庭料理だった。江戸時代と違うのは、卵と肉が多くなるだけである。reechoは肉や卵を使った洋風の料理が好きだったけれども、元々洋風の料理は極めて少ない家庭だった。祖父は質素な食事が更に質素になるのを嫌がって頑として食事療法を始めなかったのだが。祖母は食事を作る手間が無くなるから、という理由で大喜びで食事療法を始めてしまった。食事に手間を掛けたくなくても、だからと言って食事療法をする必要は無いのだが、作る喜びの皆無な人間にとっては、食事を作らないことが正当化される、こんなに有り難い物も無いらしかった。それまでの家庭料理では、一週間に一度だけ、土曜日の昼間にラーメンを食べられるのが一番の楽しみだった。毎日スイミングスクールで3kmは泳いでいたreechoは、家の食事よりずっと美味しくて栄養価の高い給食でやたらに沢山食べていた。常にクラスの中で一番多く食べていたと思う。それが無くなるのは辛かった。大阪の甲田医院でreechoに課せられた食事は、量が極端に少なくて、当時消費カロリーが一般の子供の2倍必要だったreechoには堪え難いものだった。

あっという間に5kg痩せた。体力ががた落ちし、スイミングスクールも辞めた。学校でのマラソンも見学するようになった。家庭科の時間も何も食べずに待っていた。何故そんなことをやらせるのか、と周りから不審に思われても、「私は体に良いことをやっている」と信じて食事療法を続けていた。家庭内で、規定外の食べ物を口にしようものなら恐ろしく叱られた。どうしてこんな物を食べるのか、とreechoが食べていたピーナツを母から床にぶちまけられたことがある。reechoはその床に落ちたピーナツを拾って食べ続けたけれども、母はカンカンになって捨て去った。塾に通い始めるまでは小遣いも一週間に百円と恐ろしく少なかったから、食べ物を買おうにも買えなかった。静岡市の塾に通い始めて小遣いが増え、それでも一週間に500円だったけれど、出来る限り買って食べていた。reechoの中学の同級生には、塾の近辺のマクドナルドでハンバーガーを買って食べていたreechoを知っている人が少なくない。

食事療法の為だけに中学を受験した。一般の公立中学は給食があるから、お弁当持ちの中学に行かせれば良いと考えられた訳である。落ちて皆と同じ公立中学に通えば良かったと思う。美味しい給食が食べられればそれだけで幸せだったけれども、恐らくは公立中学に入ってもお弁当持ちを続けさせられたに違い無い。何が恐ろしいかって、自分が良いと思ったら一途に信じ込んで疑わないことである。小学生の時に母が、他の父兄に向かって甲田療法を勧めたことがあったけれども、うちの子は嫁に出すから何でも食べられないと困る、と言って断られたそうだ。

中学では栄養失調で毎日ヘロヘロになって通っていた。担任が家庭科の教師で、口には出さないけれども食事療法には真っ向から反対する立場を崩さなかった。母が強制しているとしても、reechoがダイエットしたいから、或いは好き嫌いが激しいから自分で勝手にそんな食事をしたがっているのだと勘違いされ、生活面での指導が不必要に厳しくなっていた感じがある。だるいから、という理由で何事も怠けるようになり、別に食事が可笑しいからという理由だけでなくても、充分に指導材料は多かった。指導されてそのとおりに従う為の体力も無く、学校を休みがちになった。欠席日数は多く、進学校を目指す気力も内申も無かったから、ただ入れる高校に入った。高校では給食が無く皆がお弁当持ちだったが、初めてreechoのお弁当を見た友達から「何それっ!?」と仰天された。説明するのも面倒だったし、そんな食事を続けるのも苦痛だった。高校を辞めてから、自宅に引きこもってひたすら家の中の食糧を食べ尽くすのが日々の日課になった。吐いてでも食べて食べて食べまくり、近所の話題になった。reechoを見れば咳払い攻めにする人が多くなった。それでも食べて食べて食べまくった。誰が5年間もこんな食事療法に我慢出来るのか、reechoが我慢出来ない我侭な人間だと思う人に強制させて、その人が我慢出来なくなるのを楽しみに眺めて見たいとすら思った。食事療法で実際に体力を失い、物を食べられなくなり、痩せ細って普通に動くことが難しくなった母を尻目に、今でもreechoは食べ続けている。

失った物は非常に多かった。体力を失い、友達を失い、社会的地位も信頼も失った。それでも毎日食べられる、それだけが今現在のreechoの喜びであり、生きる希望である。働かざるもの食うべからず、ではなく、食わざるもの働くあたわずである。

reechoが見たところ、何故か家庭で自由に食べて来られた人程、社会に出て上手くやっていると思う。野菜が一切食べられないと言う偏食者が、何故かきちんと家庭でしつけられている人に比べて、社会での適応能力が高いことに驚いたことがある。家で厳しいと、家庭のルールを守るのが手一杯になり、家の外でのルールを受け入れる余裕が無くなるのではないかと思った程である。家で厳しく躾ければ社会でも上手く躾けられるというのは、厳し過ぎない家庭でしか通用しないと思う。徹底的に家庭の戒律で洗脳されてしまうと、家庭が絶対的で社会での規範を受け入れ難くなり、余程器用に家庭での戒律から抜けられる人間以外、社会に適応出来ないのである。家での躾けはとても厳しかったけれど、社会でも何も問題なくやっている、と言う人は、飽くまでも家庭での躾が社会的に見て至極「一般的」なものだったということに、感謝するべきだと思う。

2010年9月2日木曜日

長寿


一昨年の9月に、満99歳の「父の母」と撮った写真である。両親が離婚して、父も父の親の顔も全く知らずに育ったのだけれど、父親の家は母親の家よりずっと金持ちで、ゆとりのある生活を送っているせいか生活苦を感じさせない余裕綽々の顔をしている祖母。金持ちだったら長生きも悪くないのだな~、と思わされた。貧乏人が長生きって辛いよ、本当に。社会的地位が高ければ優遇されるけれども、社会的地位が低いとずっと虐められっ放しだから、毎日が死ぬほど大変だと思う。高校中退で仕事も無くて、反社会的に見えるからと言う理由だけで、何か近くで事件がある度、無闇矢鱈に疑われて困る哀れなreechoである。
神社でお賽銭が盗まれればreechoじゃないのか、近所でパソコンが盗まれればreechoじゃないのか、子供が轢き逃げされればreechoの車じゃないのか、母の友人宅で火災があればreechoが放火したに違い無いなどなど、どう頑張っても出来ないことまでreechoのせいにしておきたいらしく、何でもreechoのせいにしてすっきりする人達に囲まれて、猛烈に苦痛な日々を送っている。
挫折の多い人ほど社会に対して悪意を持ち易いに違いない、劣等感の強い人ほど自尊心をかなぐり捨てた悪事を働き易いに違いない、みたいな偏見は、恐らく誰でも持ち易くて納得し易いのだと思う。そして仲間外れほど誰も味方しないから罪をなすり付けやすく、大勢で非難し叩きのめすのも容易なのである。一糸乱れぬ後ろ指で刺し殺されんかな、と密かに期待されながら、reechoはそんな一見善良な人々の「悪意の欲望」といつまででも戦い続けたいと思う。世間は社会的弱者に対して、どこまでも差別的で残酷だから、ともかく弱者にならないように、挫折しないように、社会を怨まないように、まだ挫折していない人にはくれぐれも挫折しないよう、仲間外れにならない様、懸命に努力し続けて欲しいと思う。